第5話 通り過ぎる女子生徒
中学時代に遭遇した、心霊現象をお話ししたい。
あれは、わたしが中学二年生の中間テストのこと。
なんの教科だったのかは忘れてしまったが、テスト問題を解き終えて、わたしはぼんやりしていた。
次の教科のことだとか、新作のお菓子を買いたいだとか、他愛ないことを考えていたと記憶している。
すると、わたしの隣を、女子生徒がすーっ……と、通り過ぎて行った。
テスト中に席を立つことは禁止されていた。
体調が悪くなったか、お手洗いに行きたくなったひとがいるのだろうと思った。
「ねえ、誰か、体調が悪いの?」
休み時間に、同じ列の子に尋ねた。
なお、わたしが座っていた席の列は全員が女子である。わたしを含めて六人いた。
わたしは、テスト中に席を立った女子生徒が、急に生理になったのではないかと心配だったのだ。
わたしは常に生理用品を持ち歩くタイプだったので、よくおすそ分けをしていた。
生理用品は足りているのか、保健室には行ったのか、具合が悪かったら早退するようにと伝えるつもりだった。
「そういえば、誰か通り過ぎたよね?」
「うん。誰やろ? お腹痛いんやったら、痛み止めあるで」
みなも、わたしと同じようなことを考えていたらしい。
田舎育ちの子どもはたいていがおせっかいなので、“生理用品はあるのか?”と気にしていた。
ところが、誰も席を立っていないという。
そこで、ひとりの生徒が、顔を青ざめさせた。
「──その子ちゃんじゃなかったん?」
「わたし? 違うけど」
「だって、このクラスの女の子で、ショートカットってその子ちゃんだけやん。通り過ぎた子、髪の毛が短かったから、その子ちゃんやと思ってた」
みな、悲鳴を上げた。テスト勉強そっちのけで、通り過ぎた女子生徒の正体を突き止めることになった。
先頭に座っていたのがわたし。わたしの目の前は教卓で、見張りの先生が座っていた。ちなみに男性である。
通り過ぎた人物は、セーラー服を着ていた。女子生徒で間違いないはずだが……
「誰か! テスト中に席を立った子、おらん?」
クラスメイト全員に訊いてまわったものの、該当者はいなかった。
そしてわたしは、重要なことに気づいた。
「──なぁ、わたしが一番前の席やん? わたしの前にいるのは先生だけやろ? 席を立った子……どこから来たん?」
先生の背後には黒板。わたしの左右の席は男子生徒が座っている。じゃあいったい、わたしの隣を通り過ぎて行った女子生徒は、どこから湧いて出てきたのか。
「幽霊やん!」と、わたしたちは大騒ぎをした。
「──あたしの後ろで、彼女、バッグをがさごそしとった。探し物があったのかな」
一番後ろの席に座っていた生徒が証言する。
かつて、そこには学生用の荷物置き場があり、大きな棚が設置されていた。
新年度になってすぐ、地震があった。校舎が損壊し、業者が修繕工事をした。耐震性を高めるために、棚は窓辺に移動した。
元荷物置き場は、なにもない。壁があるだけだ。
通り過ぎて行った女子生徒は本当に幽霊だったのか、彼女はなにをしていたのか、バッグはどこにいったのか、バッグも込みで心霊現象なのか……かしましい年ごろの我々は話し合った。
さらに、もうひとりが証言する。
「今さぁ、うちら夏服やんか。彼女、冬服着とったで」
ひぃぃぃと、ますます震え上がる。
夏服のスカートはライトグレー、冬服のスカートはネイビー。
温暖な気候の地域なので、五月ごろには夏服になる。季節外れの服装をする生徒はいない。
「彼女、スカーフが白じゃなかった?」
わたしたちの世代はリボンだったが、昔はスカーフだったらしい。
年代によって、スカーフの色が違うので、どのあたりの世代なのか推測がついた。
白いスカーフだったのは約二十年まえだ。
「うちらの先輩やなぁ……」
盛り上がっていたのが一転、しんみりとしてしまった。
なにがあったのかは不明だが、二十年も成仏することなく、校舎をさ迷っている女子生徒の幽霊が、憐れに思えてならなかった。
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