第6話 たどり着けない教室

 引き続き、中学時代の怖い話をお届けしたい。

 わたしが通っていた市立中学校の歴史は古く、第二次世界大戦前から中等教育機関として機能していたようである。

 校舎は何度か建て直されたものの、半世紀以上続く学び舎だった。


 校舎は三つ。全学年合わせて2000人の生徒が通うマンモス校であった。

 学年ごとに校舎がべつになっているわけだが、理系や実技系の授業で、普段は行かない校舎に足を踏み入れる機会があった。

 専門分野の教室に移動する授業──我々はそれを『移動教室』と呼んでいた。

 その際、『たどり着けない教室』があった。


 わたしはひどい方向音痴で、校舎のあちこちで迷子になった。

 さぼるつもりはないのに、移動教室の授業には毎回、遅刻した。

 どうしても、目的の教室にたどり着けないのである。


 わたしに悪気がないのは伝わっていたようだが、先生も呆れていた。

「こいつが迷わないように、がっちり腕をつかんで連れてこい」と指導された。

 そこで、わたしの友人やクラスメイトが誘導してくれるのだが、気がつくとわたしは独り、取り残されている。

 みなで面倒を見てくれているのに、わたしは群れから外れていた。



「その子ちゃんの迷子癖、ちょっと異常やで」

「すみません……」

「情報を整理しようや。どこらへんで迷っているのか、地図にしてみよう」


 校舎ごとにどんな目的で使われている教室なのか、書き込んでゆく。

 一年A組、一年B組……家庭科室……

 クラスメイトの兄姉、先輩方、先生方の協力を得て、地図は完成した。

 地図を手に、わたしたちは校舎を探検した。



「──あれ、ここ、なに?」


 一階の廊下の途中で、唐突に通行止めになっている。

 保健室にあるような黄ばんだパーテーションで目隠しされており、覗き込むと、壊れた机や椅子が積み重なっていた。一見、ごみが不法投棄された山林のようだ。


「向こうの廊下と繋がっているはずなのに、行き止まりだと錯覚するな。その子ちゃん、どう? ここで迷うの?」

「そうかもしれないし、違うかもしれない……」

「はっきりせんか!」

「だって、どこがどこやらわからないんだもん」


 場所がどうこうより、わたしの方向音痴は、空間認知能力や方向感覚に問題があるような気がする。

 それはそうとして、この不自然な行き止まりは気味が悪かった。

 ──空気がよどんでいる、邪気の吹き溜まりのような場所。


「おい、そっちには行くな。危ないぞ」


 面識のない男性教師が呼び止める。 


「先生、ここなに? どうして、ふさいでいるの?」


 男性教師は一瞬、言いよどんだ。


「──その先の教室で、自殺者が出たんや」

「事件現場やから、立ち入り禁止にしたってこと?」


 ちょっと大げさではないかと、クラスメイトたちは顔を見合わせている。

 わたしはわたしで、いわくつきの場所をごみ溜めにして大丈夫なのだろうかと不安になった。

 邪気が満ちると、よくないものを呼び寄せるのだ。


「そうや。みんな、首を吊ったでな。生徒だけやない。先生もやで」


 男性教師の重々しい声に、わたしたちは息を飲んだ。


「そこはふさいでおかにゃならん。これ以上、犠牲者が出らんようにな。おまえたちも気ぃつけろ──引きずり込まれるで」


 思いがけず、学校の暗部に触れて、探検は中止になった。

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