第18話 失敗と分析:高次元の複雑性

しかし、喜びも束の間だった。私が試作の袋に、試しに小さな石を入れようとした瞬間、空間がフッと元の状態に戻ってしまったのだ。

「しまった……!」

私は悔しげに唇を噛んだ。精霊たちも、がっかりしたように私を見上げている。

「ごめんなさい、咲……僕の力が足りなかったのかな……」フウがしょんぼりとした声で謝った。

「いいえ、フウ。あなたのせいではないわ。私の計算が甘かっただけよ。亜空間の安定性が、まだ不十分だわ」

私はすぐにノートを取り出し、失敗の原因を分析し始めた。

「なぜ、亜空間は安定しなかったのか?物質を格納しようとした途端に、空間が閉じてしまった……」

ノートには、新たな数式と考察が書き殴られていく。

ノートの記述:

【実験記録1:微小亜空間生成】

• 目標: 試作袋内部に、ごく微小な亜空間を生成し、安定性を確認する。

• 手順:

1. フウ: 次元裂け目生成 (微細)

2. エン: 初期エネルギー注入 (繊細かつ瞬間的)

3. ドット: 亜空間境界の構造安定化 (エーテル繊維 + 空間定着鉱石)

4. ミズ: 亜空間内部の浄化

• 結果:

o 亜空間の初期生成には成功。空気の歪み、魔力的な純粋性を確認。

o しかし、物質(小石)を格納しようとした瞬間、亜空間が崩壊し、通常空間に戻る。

• 考察:

o 安定性不足: 亜空間の内部時空が、外部の時空と完全に分離・独立できていなかった可能性。物質の質量が、亜空間の脆弱な構造を歪ませ、崩壊させたか。

o 次元の境界: 高次元と三次元の境界が曖昧で、容易に揺らいでしまう。ドットによる「物理的な剛性」だけでは、高次元からの干渉を防ぎきれない。

o 時間と空間の結合: 相対性理論の概念で言えば、空間と時間は不可分。空間の歪みは時間の歪みにも影響し、その逆も然り。亜空間内部の時間の流れが、外部のそれと同期せず、不安定な状態にあったため、物質の格納が不可能だったか。

• 次なる課題:

o 亜空間内部の時空の「独立性」の確立。

o 高次元からの干渉を完全に遮断する術式の開発。

o 物質を格納した際の「重力的な安定性」の確保。


「なるほど……問題は、亜空間の『独立性』か。そして、それを安定させるための『重力的な均衡』。フウの能力は、あくまで『歪める』までで、内部の時空を完全に『独立させる』までには至っていない」

私は、頭の中で、アインシュタインの場の方程式が示す、質量が時空を歪ませる概念を思い描いた。亜空間に物を入れるということは、そこに新たな「質量」を持ち込むということだ。その質量が、不安定な亜空間の時空構造を、容易に崩壊させてしまうのだろう。

「つまり、亜空間そのものに、独自の重力場を確立する必要がある。そのためには、ドットの力が、さらに重要になるわ」


再び実験:時空の安定化と質量保持

数日後、私は新たな術式と、調整された精霊たちの役割分担をノートに書き終えた。

「フウ、今度は、次元の裂け目を開いた後、その境界を『固定』することに意識を集中して。決して揺るがせないように」

「ドット、あなたの役割は、生成された亜空間の『壁』に、内部の質量と外部の時空との間の『重力的な緩衝材』としての役割を持たせること。質量が内部に留まるように、微細な重力場を生成しなさい。それが亜空間の安定性に繋がる」

「エン、あなたは、亜空間内部に安定したエネルギー流を供給し続け、その時空構造を熱的に安定させる。そして、外部の時空とのエネルギー的な干渉を遮断する役割も担う」

「ミズ、あなたは、内部空間の純粋性を保つだけでなく、亜空間内部にわずかに発生するであろう、不必要な時空の歪みを浄化する。それが、空間の『ノイズ除去』となる」

私の指示は、以前よりも具体的で、精霊たちの能力を、より深く、より精密に利用するものだった。

再び、実験が始まる。

フウが集中し、試作の袋に微細な次元の裂け目を開く。エンがそこに安定した魔力を供給する。次に、ドットが袋の口に手をかざし、そのずんぐりとした体から、大地のような安定した魔力を流し込む。袋の口が、先ほどよりも明らかに硬質化した。

「フウ、今よ!境界を固定!」

フウが必死に魔力を集中させると、袋の口から、青白い光が放たれた。それは、空間が「固定」されたことを示す光だ。

「ドット、重力的な緩衝材の生成を維持しなさい!エン、安定したエネルギー供給!」

私が指示を飛ばすと、ドットの体から、微かな振動が伝わってくる。それは、彼が袋の内部に、独自の、しかし極めて微細な重力場を生成している証拠だ。エンの小型炉からは、一定の熱が放出され続け、亜空間内部のエネルギーバランスを保っている。

「ミズ、純化とノイズ除去!」

ミズが袋に向かって、透明な光の粒子を放つ。その粒子が袋の中に入っていくと、空間がさらにクリアになったように感じられた。

私は、再び小さな石を手に取り、袋の中に入れようとした。

スッ……。

今度は、石はあっさりと袋の内部へと吸い込まれていった。そして、袋の重さは、石を入れる前と全く変わらない。

「成功したわ……!」

私の声が、震えた。理論が、完全に現実となった瞬間だ。

「やりました、咲!石が入りました!」フウが喜びの声を上げた。 「主よ!我の力が、ついに役に立ちました!」ドットも興奮している。 「グルルルル!さすが、ぬしだ!」エンも喜びを表現する。 「主の偉業に、我も貢献できて光栄です」ミズも、控えめながら喜びを露わにした。

私は、喜びを噛み締めながら、袋の中から石を取り出した。石は、入れた時と同じ状態だ。劣化も、変質もしていない。

「これで、第一段階はクリアよ。あとは、この亜空間の容量を拡大し、耐久性を高めるだけだわ」

私の瞳は、新たな目標に向かって、ギラギラと輝いていた。 私の錬金術は、この世界を、そして私自身の未来を、確実に変えていく。 あの日の屈辱も、裏切りも、全ては、この「創造」の糧となるのだ。

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