第17話 四精霊の連携:亜空間生成実験の始まり

宿屋の一室は、今や私の錬金術研究所として機能していた。テーブルの上には、複雑な数式と錬金術式が書き込まれたノートが広げられ、部屋の隅には、ドットが生成したばかりの輝く鉱石の山が積み上げられている。エンの力が宿る小型炉からは、常に安定した熱が供給され、その熱は隣に置かれたフラスコの中の液体を温めている。そして、ミズの魔力は、部屋の空気を常に清浄に保ち、実験に最適な環境を整えてくれていた。

私の視線は、部屋の中央に置かれた試作品の「袋」に注がれていた。それは、私がガンザから手に入れた「エーテル繊維」と「空間定着鉱石」を編み込んだものだ。見た目はただの布の袋だが、その内部に「亜空間」を生成することが、私の目的だった。

「フウ、準備はいい?」

私が問いかけると、私の肩に止まっていたフウが、意気揚々と答えた。

「はい、咲!いつでもいけます!」

フウは、僕がこの数日で試作した、彼の魔力を集中させるための小さな銀の輪を身につけていた。彼は僕の最も重要な相棒だ。亜空間への「扉」を開くのは、彼の空間操作能力に他ならない。

「ドット、素材の準備は万全ね?」

足元にいたドットが、ずんぐりとした体を揺らしながら答える。

「はい、主よ!我の生成したエーテル繊維と空間定着鉱石は、最高の品質と安定性を保証いたします!いつでも主の錬金術に貢献する覚悟でございます!」

彼の声は、以前の頑固さとは打って変わり、私への絶対的な忠誠に満ちていた。彼の力は、亜空間の「壁」となる物質の安定性を確保するために不可欠だ。

「エン、エネルギー供給は?」

腰の小型炉の姿で揺れるエンに語りかける。

「グルルルル……ぬしよ!我の炎は滾っておるぞ!いつでも魔力を放出できる!」

エンの声は、相変わらず荒々しいが、その魔力は私が完全に制御しており、彼の暴走はもう起こらない。彼の無限のエネルギーは、亜空間生成の莫大な魔力消費を補うための生命線だ。

「ミズ、空間の純粋性は?」

部屋の隅、ミズの祭壇から、水のしずくでできたミズが優雅に姿を現す。

「はい、主。この部屋の空間は、完璧なまでに清浄に保たれております。不純物は、一切ありません」

ミズの声は、相変わらず透き通るようで、その存在は部屋全体に清涼感を与えていた。彼女の浄化能力は、亜空間の内部環境を安定させ、格納される物質の劣化を防ぐために必須だ。

「よし。では、実験を開始するわ」

私の声に、部屋の空気が張り詰めた。四精霊の視線が、私と試作の袋に集中する。

最初の試み:亜空間の微小生成

私は、ノートに記された複雑な錬金術式を、もう一度頭の中で反芻した。現代物理学の概念を精霊魔術に応用した、私の「亜空間生成理論」。これが、本当に機能するのか。

「フウ。まず、試作の袋の内部に、ごく微小な次元の裂け目を生成しなさい。あくまで微細に。エン、そこに魔力を注入。極めて繊細に、だが一瞬で」

私が指示を出すと、フウが銀の輪を掲げ、袋の口に向かって集中する。彼の体から、透明な光の粒子が放たれ、袋の内部へと吸い込まれていく。同時に、エンが宿る小型炉から、微かな熱が放出され、袋の口から吸い込まれていくのが見えた。

「集中しなさい、フウ。エン、エネルギーは一定に保つこと」

私は、精霊たちの魔力の流れを、まるで指揮者のように制御する。私の魔力が、彼らの魔力と共鳴し、一つとなって袋へと流れ込んでいく。

次の瞬間、袋の内部から、わずかな空間の「ねじれ」を感じた。それは、目には見えないが、肌で感じる、空気の震えのようなものだ。

「成功したわ!微細な裂け目が開いた!」

私の心臓が、高鳴るのを感じた。理論が、現実のものになろうとしている。

「ドット。その裂け目の周囲に、エーテル繊維を配置し、空間定着鉱石の魔力で構造を安定させなさい。物理的な剛性を与えるのよ」

ドットは、私が用意していた加工済みのエーテル繊維と空間定着鉱石を、器用な手で袋の内部へと配置していく。彼の体から放たれる大地の魔力が、繊維と鉱石に流れ込み、袋の口が、わずかに硬質化したように感じられた。

「ミズ。生成された空間内部を、完全に浄化しなさい。魔力的な不純物を全て排除するのよ」

ミズは、袋の口から、透明な水の粒子を放出した。その粒子が袋の内部に入っていくと、先ほど感じた空間の「ねじれ」が、より安定し、澄んだ感覚に変わっていく。

「素晴らしいわ!」

私は、思わず歓声を上げた。理論通りに、亜空間の初期段階が生成されたのだ。

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