第5話 王室財務局の査察と“通貨発行権”の攻防

クロウ銀行が発行した手形は、瞬く間に市場に広がり、今や“金貨よりも便利な通貨”として流通していた。

だが、その成功が――国家を動かした。



「王室財務局は、“通貨発行権”を厳格に管理している。」


フィオナは王都の法律を必死に調べ、震える声で報告した。


「現金の鋳造は王室だけが許可し、市場に出回る貨幣はすべて“王の名”が刻まれております。」


「だが、我々が発行したのは貨幣ではなく“手形”だ。」


俺は落ち着いて答えた。


「手形は“信用証書”であり、法的には“約束手形”に過ぎない。……直接貨幣を作っているわけではない。」


「でも……事実上、通貨の代わりに流通しています。」


「それが問題なんだ。」


俺たちは法律の“隙間”を縫って、合法的に手形を流通させている。

だが、国家は“事実”としての影響力を問題視した。



数日後。


「クロウ銀行代表、セイジ・クロウ殿。王室財務局長のジルベール卿が、直々に査察に来られました。」


王室財務局――それはこの世界において、税、貨幣、金融をすべて掌握する巨大な権力機関。


俺は、ジルベール卿をクロウ銀行に迎え入れた。


「セイジ・クロウ殿。君は優秀な商人だと聞いている。」


「恐れ入ります。」


「だが――君の活動は、“王室の権威”を脅かしていると見做されている。」


ジルベール卿は、穏やかながら、底知れない圧を放っていた。


「我が国では、“通貨”は王のみが発行できる。民間の紙切れが金貨の代わりとして流通している現状は、看過できない。」


「ジルベール卿、失礼ながら確認させてください。我々の手形は“貨幣”ではありません。単なる信用取引の証明書です。」


「だが事実、君の手形は、市場で金貨と同じように使われている。」


「それは、我々が強制したわけではありません。“市場が選んだ”のです。」


「市場……だと?」


「商人たちは、重い金貨を持ち歩くより、信用できる手形を好んだ。それだけです。」


俺は冷静に、しかし一歩も引かずに主張した。


「この国が、商業の発展を望むのであれば、“信用取引”を妨げることは国益に反します。」


「……小癪な。」


ジルベール卿は、軽く笑った。


「よろしい。では、これはどうだ。」


彼が差し出したのは、“王室財務局監督銀行法案”だった。


「この法案が通れば、君の銀行は王室の監督下に入り、手形の発行はすべて“発行上限”を課される。」


つまり、俺たちの発行する手形を“王室が事実上コントロール”する、ということだ。


「君は選べ。」


「――選択肢は?」


「従えば銀行を維持できる。ただし、王室の支配下でだ。」


「逆らえば?」


「……通貨法違反で銀行は即時停止。商会も解散処分だ。」


ジルベール卿は静かに、だが残酷に突きつけた。


「王室の貨幣は、すなわち“王の信用”だ。その信用を脅かす者は、この国に存在を許されない。」


これが、国家の権力だ。


たとえどれだけ経済合理性があっても、“法と権威”を動かされたらひとたまりもない。



フィオナとライナは、真っ青になっていた。


「坊ちゃま……どうか、ご決断を。」


「兄様……私たちは……従うべきですの……?」


俺は、静かに答えた。


「いいや、従わない。」


「え……?」


「俺たちは、“王室に勝つ”。」


「そんな……兄様、どうやって……」


「王室は、“市場”を動かせない。だが俺は、動かせる。」


俺の狙いは、“民意”だ。


商人、農民、労働者、すべての人々がクロウ銀行を支持すれば、王室は手を出しづらくなる。


「我々は、銀行に預けた者全員に、無料の“信用証書”を発行しよう。」


「無料……ですの?」


「そうだ。誰でも、無料で口座を持てる。“クロウ手形”は、現金の代わりにどこでも使える。商人たちが、この便利さを手放すと思うか?」


俺は続けた。


「王室が手形を禁止すれば、困るのは商人たちだ。物流が停滞し、取引が激減する。税収も減る。……つまり、王室にとってもデメリットが大きい。」


「じゃあ……民衆を味方にすれば、王室は……!」


「そうだ。“市場を味方にする。”それが、俺たちの勝ち筋だ。」



ジルベール卿は、再び俺のもとを訪れた。


「セイジ・クロウ。君の影響力は、我々の予想を超えている。」


「恐れ入ります。」


「だが、最後通告だ。」


「……どうぞ。」


ジルベール卿は、微笑んだ。


「王室は、貨幣制度の“改革”を行う。」


「……改革?」


「我々は、新たに“王室中央銀行”を設立し、国家が発行する“紙幣”を導入する。」


「紙幣……だと?」


俺の目が、静かに見開かれた。


「君の手形を駆逐する、新たな“国家紙幣”だ。……さて、これで市場はどちらを選ぶかな?」


国家の権威を背負った“王室紙幣”と

民間主導の“クロウ手形”


――貨幣戦争は、ついに国家を巻き込んだ。


「……面白い。」


「ん?」


「王室紙幣と、クロウ手形。どちらが選ばれるか――“市場”に、決めてもらいましょう。」


異世界経済戦争、最終章――国家紙幣VS民間手形の貨幣覇権戦争、開幕。

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異世界転生から始める経営・経済・金融学 雪風 @katouzyunsan

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