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「一応、そのつもり」
「天文関係のお仕事に就くのかと思ってた」
陽介は、まさか、と言って藍の言葉を笑おうとした。
けれど。
やめた。
将来の進路は、いつだって医者と言ってきた。家族も、担任の高木もそのつもりでいる。進路調査票には、一年の時から医学部進学と書いてきた。
でも、それは陽介が選んだ進路ではない。ずっと陽介のなかで、その思いがくすぶっていた。藍に問われ、陽介は初めて、本当の願いをつぶやく。
「本当は、そうしたい」
絞り出すように言った陽介を、藍はじっとみつめる。
「宇宙物理学を、もっと学びたい。ずっと、星の研究をしていきたい」
「どうして、そうしないの?」
陽介は、すぐには答えずに空をあおぐ。また一つ、星が流れた。
「うちは病院をやっててさ、兄も姉も、もちろん俺も、医者になるものだと当たり前に言われてきた。親がさ、医者以外はろくでもない職業と思っているんだ。一度、教師になりたいって言ったら、田舎教師に成り下がる気かってめちゃくちゃ馬鹿にされた」
「教師になりたかったの?」
流れた星の記録をつけながら、藍が聞く。
「以前はね。物理の面白さを教えたかった。でもそれからいろいろじっくりと考えてみて、俺のやりたいことは人に教えることよりも、もっと宇宙に関する謎を知って研究して解明する方だな、ってわかった。……宇宙の謎って、一つ見つけるとじゃあこれはこっちはって、限りがないんだ。今の技術を追っていくだけでも、俺には知らないことが多すぎて、知っていくたびにわくわくする」
ふふ、と藍の小さな笑い声が聞こえて陽介は振り向く。
「なに?」
「陽介君、本当にそういうの好きなんだな、と思って」
わずかな間のあと、陽介は笑った。
「うん、好きなんだ」
星も。藍も。
「だめなの?」
「ん?」
「今から、宇宙関連の大学に行くのは、だめなの?」
「奇跡が起こるなら、藍は何を願う?」
藍の問いには答えず、陽介は逆に藍に質問した。
「私は……」
藍は、一度目を閉じて深呼吸をすると、ゆっくり目を開いた。
「陽介君と、恋がしたい」
陽介は目をみひらく。短い沈黙が落ちた。
「すれば、いいじゃん」
かすれた声で陽介が言うと、藍は小さく首を振った。
「できない」
「なんで」
「それは、奇跡、だから」
「そんなの全然奇跡じゃ」
「無理なの」
陽介の言葉を遮って、藍が言った。
「今の私じゃ……だめなの。奇跡でも、ないかぎり……」
泣きそうな藍の様子に、陽介は戸惑う。
藍が陽介に好意を持ってくれているのは確信している。なのに、なぜ藍がそこまで自分を拒むのか、陽介にはわからない。潤んだ瞳を見つめながらわずかに視線を藍の後ろに投げた陽介は、何かに気づいて、小さな声で言った。
「あのさ」
「なあに?」
「キスしてもいい?」
「え……でも……」
きょとんとした藍は、陽介の視線を追って振り返り、木暮がこちらに背を向けて遠くで電話をしているのをみつけた。
「今度はちゃんと許可を取ったからな。……だめかな?」
囁く陽介に、藍はつかの間迷った後、ゆっくり顔を近づけた。
微かに、二人の唇が触れ合う。目をあけた藍が、ぼうっとした表情で言った。
「すごいどきどきしてる。倒れちゃいそう」
陽介は、はっきりとした声で言い切った。
「俺が奇跡を起こしてやる」
「陽介君」
「俺と、恋をしよう。一緒に笑って、手をつないで、たくさん話をして、たまにキスして。そんな普通の恋でいい。藍が、好きなんだ」
くしゃりと顔をしかめた藍が目をそらした。陽介は真剣な目で口元だけほころばせた。
「奇跡を起こそう。俺たちで。この空に流星雨を降らせるくらいの。だから……っ!?」
両手を空へと伸ばした陽介は、続く言葉を飲み込んだ。
「っ?!」
「え……?」
つられて空を見上げた藍も、思いがけない光景に息を飲んだ。
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