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 星が、流れていた。

 暗い空に、土砂降りのような幾筋もの星が、音もなく降り注いでいる。ひとつひとつ数えている暇などない。淡い光がただただ絶え間なく流れる続ける様を、二人は呆然と見上げていた。


「これ……」

「すごい」

 陽介は思わず立ち上がった。

「流星雨だ」

 短いもの長いもの明るいもの暗いもの。陽介が今まで見てきた何倍もの数の流れ星が、あらわれては消えていった。ほんのりと空が明るくすら見える。


 陽介は子供のころから何度も流星群を見てきたが、これほどの規模のものを目にするのは初めてだった。


「陽介君って、すごいね」

 同じく立ち上がって空を見上げたまま、藍が呟く。

「ん?」

「本当に、奇跡を起こしちゃったんだ」

 ため息混じりの声が、細く震えていた。

「はは。俺ってすごいんだな」

「すごいよ。奇跡って、本当にあるんだ」

「そうだな」

 藍が振り向く。


「恋人同士じゃないと、キスなんてしないよね」

「当たり前じゃん」

「なら、陽介君は、私の奇跡も、叶えてくれたんだね」

 陽介は、力強く頷く。

「ああ」

 藍は、ふわりと微笑んだ。陽介が今まで見た中でも一番嬉しそうに。透き通るほどに、儚く。


「ありがと。嬉しい。……陽介君」

「ん?」

「次は、陽介君の番だよ」

「俺?」

「そう。奇跡を叶えて。きっと……」

 言いかけた藍は、かくりと、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。


「藍!」

 二人の様子に気づいて、同じように空を見上げていた木暮が走ってくる。

「藍!! しっかりしろ! 藍!」

「静かに」

 そう言うと木暮は、陽介の体を調べ始めた。藍は、ぐったりしたままぴくりとも動かない。


 混乱している陽介の前で、木暮は動かない藍を抱え上げた。

「動かすな! 頭を打っていたら……!」

「大丈夫だ」

 静かな声でそう言って器用に片手で電話を取り出すと、タクシーを呼んだ。そしてもう一か所どこかにかけると、短い対応ですぐ通話を切った。

 冷静な木暮の様子を見て、ふと陽介は違和感を持った。

 普段、なによりも藍の体調を心配する木暮が、倒れている藍を目の前にしては落ち着きすぎている。まるで……


「藍が倒れることがわかっていたのか?」

 眼鏡の向こうの瞳が鈍色に光る。

「可能性は高いと思っていた。それだけの無理をさせたからな」

「なんで、そんな」

「藍の希望だ」

 その声に、若干の寂寥感を感じて陽介は木暮の顔をのぞき込んだ。その表情を確かめる前に、木暮は藍の体を抱いて立ち上がった。

「こちらのラボ……病院にもあらかじめ連絡をとってある」

 陽介は手早く荷物を片付けると、公園をでる木暮についていく。


「君はもうホテルに帰りたまえ。高木先生には連絡しておく」

「俺も一緒に行く」

「必要ない」

「でも……!」

「藍もそれを望んでいない」

 は、として陽介が木暮を見上げると、厳しい目が陽介を見ていた。そして、わずかにだが目元をほころばせた。


「この子を大事にしてくれてありがとう」

「え…?」

 高台をおりた二人の前に、タクシーが二台とまる。ドアが開くと、木暮は運転手にホテルの名を告げて陽介にのるように促した。


「本当に、藍は大丈夫なんですね?」

 睨むような陽介の視線を、木暮はまっすぐに受け止めた。

「私がついている」

「……信用しますよ」

 ふ、と木暮が笑った。


「それは、どうも」

 促されるままにタクシーに乗った陽介は、走り出したタクシーの中から自分を見送る木暮の影をじっと見つめていた。

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