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「……流れないね」
夏合宿の観測会で1年生から出た感想とおなじ言葉が、藍の口からも出た。
「まあ、時間も早いし。1時間くらいしか観測できないから、5、6個見られればラッキーかな」
「え、そんなものなの?」
「条件にもよるんだけど、今日の視界だと」
「あっ!」
きらり、と星が流れた。
「流れた!」
「ん。0.5秒。光度は……」
「そうだ、記録記録」
藍は、手にした懐中電灯で星図を赤く照らすと今見た流れ星を書き込む。
「これでいい?」
「うん、上手だ。隣に1って書いておいて。通し番号でこっちと対応させる」
「はい。なんだか、うきうきするね」
藍は楽しそうに笑った。その笑顔を見つめてから、陽介は、また空に向いた。
「いつもそういう顔していればいいのに」
「ん?」
「ほら、いままで星を見ている時は、いつも無……ええと、表情がなかったからさ。つまんないのかな、と思ってた」
藍も、同じように空を向く。
「あれは仕方ないのよ。今日は修学旅行だし、夜もみんなと一緒だから特別なの。結構無理してるんだ」
「え? 大丈夫か?」
慌てたように藍の顔をのぞき込んだ陽介に、藍は、木暮の方をうかがってから答えた。
「大丈夫。だと思う」
「そっか。調子悪くなるようなら、すぐに言えよ」
「うん」
それからしばらく、また二人は空を見上げていた。数個の星が流れていく。
「結構降るな、今夜」
「え、これで?」
「ああ。流れている方向からして、これはしし座流星群で間違いないし。まだ時間も早いのに、すごいラッキーだ」
「そうなんだ。陽介君が喜ぶほどの流星が見られて嬉しい」
弾んだ声に陽介が顔を向けると、空を見上げながら藍が笑んでいた。
久しぶりに見た満面の笑顔に、陽介の胸が高鳴る。
自分も空を仰ぐと、時間つぶしにとつらつら星の話を始めた。
「これからの季節だと、12月のふたご座流星群の方がたくさん見られる可能性はあるかもな。今日見ているしし座流星群はそれほど多い流星の数が見られるわけじゃないけれど、33年ごとに大流星雨を降らせたことで有名なんだ」
「しし座流星群の母天体であるテンペル・タットル彗星が33年回帰だからだよね」
藍も、空を見上げたまま陽介の話にのってくる。
「そうそう。けれど、直近の33年目にあたる1999年は、それほどの流星群がみられなかったらしい。それよりも、2003年の方が、かなりの星が流れたんだって。記録にある限りで一番すごい1966年の時は、流星の光で外で新聞が読めたって話もある」
「そんな流星雨、見てみたいなあ」
「俺も。天体現象とわかっていても、実際目にしたらきっとまるで奇跡のような光景なんだろうな」
「奇跡かあ」
藍が、ため息をついた。
「ねえ、陽介君が願う奇跡って、何?」
「奇跡?」
陽介はつい、星から視線を外して藍の横顔を見つめる。
「うん」
「奇跡、ねえ」
陽介はしばらく考えた。
「今なら大学入学、って言いたいところだけど、それって別に奇跡じゃなくて自分の力だし、うーん、医者になるのも自分の努力だし……」
「陽介君、お医者さんになるの?」
藍がこちらを向いて目があった。
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