第3話 爆心地にて③
「おう」
天に向かって叫んだ次の瞬間、黒い蝙蝠の翅を持つ青年が、稲妻のように急降下してきた。
こちらは漆黒の髪を鬱陶しそうに振り払うと、鋭角を思わせる人間離れした美貌があらわになる。
その血のように赤い瞳は、じっとりと片割れを睨んでいた。
「シトぉ、俺もう待ちくたびれたんだけど? 雲の上さみーし」
「ごめんごめん、ほら、術者ひとり沈黙させたよ」
「そんだけにしてはコイツら、皆して呆けてんじゃん」
「どうしてだろ? まあいいや、僕は巻き込まれたくないから上から援護するね」
そう言ってシトはゆったりと翼を羽ばたかせ、上空へ退く。
「さぁて、お手並み拝見といきますかぁ!」
マオは討伐隊を見下ろし、獰猛な笑みを浮かべた。
その声でアインスが我に返ったのか、こめかみに青筋を立てて叫ぶ。
「臆するな! 撃て!」
隊員たちがその号令に従い、次々とマオに向かってサブマシンガンを掃射する。
しかし、そのほとんどが高速で飛行するマオにそもそも当たらず、わずかに命中した弾も魔力防壁に弾かれてしまう。
「なーに、そのオモチャ?……マジでオモチャだけど、なんか楽しそうじゃん」
地上スレスレまで急降下してきたマオは軽く爪を振るい、ひとりの隊員の持っているサブマシンガンを……片腕ごともぎ取る。
「ちょっと貸してくんねェ?」
肩口から血を噴水のように噴き上げ、悲鳴を上げる隊員。
マオは落ち着き払って得物にくっついている腕を取り外し捨てると、隊員たちに向かってサブマシンガンを掃射した。
「ああ、思ったより反動あるのな、コレ」
運悪く近くにいた隊員たちは銃弾の雨を浴び、何人かが倒れる。
マオは弾を全て撃ち切って、サブマシンガンを放り捨てた。
「やっぱこっちの方が手っ取り早いわ」
そう呟いたマオは討伐隊の陣形の中に突っ込み、長い爪を振るい始める。
こうなるともう一方的な虐殺だった。
隊員に爪の届く位置まで近づいているマオに、慣れない火器で攻撃すれば、味方に流れ弾を当ててしまう。
おびただしい量の返り血を浴びたマオが、飛ぶように、踊るように、命を刈り取っていく。
その時ようやく隊員の後方でアインスは呪文の詠唱を終え、高らかに叫んだ。
「燃え盛れ、
「おわぁっ」
大地からマオのいる空中へと、瞬時に大きな火柱が上がった。
付近にいた隊員は爆風で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「あっつ!」
マオは翅を畳んで空中を転がり、火柱から抜け出した。
「炎マジ嫌いなんだよな……あーあー、翅が焦げちまった」
「大丈夫? 再生間に合う?」
「余裕……だけど、防壁もらえね?」
「いいよぉ」
上空のシトがマオに向かって、防護の魔法を投げ与える。
淡い青色の光がマオに降りかかり、耐性を強化した。
「あの魔法使い結構強いじゃん、気をつけて、マオ」
「もう一発か二発来そうだな」
「その防壁だと一発が限界かも。僕も降りるね」
「あいあい」
ゆっくりと降りてきたシトがマオの横に並び、バサバサと大袈裟に白い翼を羽ばたかせる。
「詠唱するから手ぇ繋いで?」
「仕方ねえな」
仲睦まじく手を繋いだ二人は、アインスと対峙した。
挑発的な笑みを浮かべ、シトは詠唱を開始する。
その呪文の冒頭を聞いて、放心していたツヴァイは我に返った。
「ぐっ……ゴホッゴホッ!」
しかしやはり声は出ない。
地上は阿鼻叫喚の地獄と化していた。
傷の痛みに泣き叫ぶ者、四肢がちぎれた者、もう動かない者。
一人として無傷な隊員はいないように思えた。
こんなに被害が出ていれば、自分ひとり治癒魔法が使えたとしても、その力は微々たるものかもしれない。
しかし。
――ただのひとりも救えないというのか。
シトの唱え始めた呪文は、魔法使いや僧侶なら誰もが知っているものだ。
何故ならそれが、魔力防壁を張ることができる彼らにとって、最も危険な呪文だからだ。
(
アインスもまた、その危険をいち早く察知していた。
『生命吸収』は魔力防壁を貫通して、肉体の生命力に直接干渉する。
その分物理現象を引き起こす魔法より魔力消費は激しいが、唱え始めたということは、その分の魔力を供給できるキャパシティがあの魔物にはあるのだろう。
朗々と美しく響く詠唱と人を食ったような笑顔が物語っていた。余裕綽々で憎らしい。
しかし、アインスにも勝算はあった。
『火柱』の詠唱は終わり、あとは発動するだけだ。
「天使のガキ、お前は一発が防壁の限度と言ったな」
「おっさん、見たとこ一発分しか詠唱してないみたいだけど?」
詠唱中のシトに代わって、マオが答える。
「簡単なことだ。二発目は詠唱破棄すればいいのだよ」
「ハッタリご苦労さん。テメーの魔力総量はもう把握してんの。詠唱破棄は無理だろ」
実際、アインスの魔力で『火柱』を使うのは、詠唱ありで三発が限界だった。
詠唱破棄には本来の倍近くの魔力が必要になる。
三発目を詠唱破棄するのは不可能なはずだ。
「できる、できるとも……これを使えばなぁ!」
アインスは笑い混じりに叫び、自らの杖に巻かれた飾り布を解いた。
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