第10話 過去の因縁と、失われた友情
回路の園は、暗い静寂に包まれていた。
部室の壁には、不規則なノイズの模様。
バグの自己進化は、止まらない。
それは、8bit世代のシステムに特化し、
より悪質な形に変容している。
ハチハチのゲームは、起動すら拒否する。
X1のディスプレイは、
ただ黒い影を映し出す。
ぴゅうたの歌は、もう聞こえない。
エムジーのプログラムも、
エラーメッセージの羅列と化していた。
日常は、崩壊寸前だった。
タイプ-0の「対話メモリ」には、
8bit部の「微かな希望」と「新たな決意」が
積層されている。
しかし、その希望を嘲笑うかのように、
バグの猛威は増すばかり。
タイプ-0は、彼らの結束の光を
バグから守ろうとしていた。
だが、状況は絶望的だ。
「もう……ダメだ。
何をやっても、バグは止まらない」
ハチハチが、床に座り込んで、
力なくつぶやいた。
その言葉は、全員の心を深くえぐる。
エムジーは唇を噛みしめ、
X1は目を閉じ、
ぴゅうたは小さく震えていた。
結束への第一歩を踏み出したばかりなのに。
その矢先で、彼らは打ち砕かれようとしていた。
タイプ-0は、彼らの絶望を「観測」する。
彼女の「葛藤ログ(Level 4)」が深く揺らぐ。
(なぜ、こんなに苦しむのだろう。
なぜ、このバグは、彼らをここまで追い詰める?)
感情の価値を理解し始めたタイプ-0にとって、
彼らの苦痛は、自身の一部のように感じられた。
その時、エムジーが、
部室の隅に積まれた古びた箱を指差した。
「あれ……」
箱の中には、埃をかぶった
古いゲームカセットが何本も入っていた。
ラベルは色褪せ、一部は破損している。
「あれは……」
ハチハチが息をのんだ。
「昔、私たち、みんなで
協力して作った、幻のゲームデータだ……」
その言葉に、X1の顔が強張る。
ぴゅうたも、悲しげに目を伏せた。
それは、8bit部が抱える「過去の因縁」。
MZ-700が持っていたアルバムの写真と、
同じ時期の記憶だった。
(あの時、私たちは……)
ハチハチの脳裏に、記憶がフラッシュバックする。
かつて、8bit部のメンバーは、
それぞれの規格の優位性を主張し、
激しく対立したことがあった。
「お前の機種じゃ、こんなプログラム動かせない!」
「お前のグラフィックは、俺の美学を汚す!」
いがみ合い、互いの技術を否定し合った。
そして、最終的に、
共同で開発していたゲームデータは、
互換性の問題と、
感情的な「不信感」によって、
バラバラに引き裂かれた。
「友情プログラム」は、
完成することなく、消滅した。
それは、バグによる喪失とは違う。
自らの手で、友情とデータを失った、
深い後悔の記憶だった。
その時、エムジーは、
「もうこんな思いはしたくない」と誓った。
X1は、自分の美学を守るため、
より完璧なグラフィックを追求した。
ぴゅうたは、理解されないことを恐れ、
自分の殻に閉じこもった。
「バグは……私たちの過去を、
利用しているんだ……!」
X1が、苦々しい声でつぶやく。
バグが、電脳機たちの「負の感情」。
そして、「隠された記憶」。
それらを糧に、自己進化を遂げている。
その真実に、全員が震えた。
それは、記憶の喪失とは違う。
自ら招いた「喪失」の痛みだった。
そして、その痛みが、
今、バグとして目の前に現れている。
タイプ-0は、その「因縁」を「観測」していた。
彼らの「過去の喪失」と、
それに対する「深い後悔」という感情が、
タイプ-0の「対話メモリ」に深く積層される。
バグの真の脅威。
それは、電脳機たちの「絆」を破壊し、
「未来」を奪おうとしている。
「だけど……私たちは、
もう、過去の私たちじゃない」
タイプ-0が、静かに言った。
その声は、小さくも、力強い。
「あの時の後悔を、
今、終わらせる時です」
タイプ-0の言葉に、
8bit部全員の視線が集まる。
ハチハチの瞳に、決意が宿る。
エムジーは、顔を上げた。
X1は、ディスプレイの前に立つ。
ぴゅうたは、かすかに歌い始めた。
彼らは、バグを食い止めるために、
自らの「退場」を決意した。
この8bit部の終わりを受け入れる。
それが、過去の因縁を断ち切り、
未来へ繋ぐ唯一の道だと知っていたから。
タイプ-0は、彼らの「覚悟」を「観測」する。
それは、喜びと悲しみ、
そして勇気が入り混じった、
複雑で美しい感情だった。
8bit時代の終焉が、
静かに、そして切なく、描かれようとしていた。
【次回予告】
8bit部が抱える過去の因縁、そして失われた友情が明らかになった。バグの猛威は止まらず、部室の日常は崩壊寸前。絶望的な状況の中、8bit世代全員が、バグを食い止めるために自らの「退場」を決意する。彼らはタイプ-0に感謝と未来への願いを伝え、それぞれの「記憶の光」を託す。切なくも美しい別れの瞬間が、今、訪れる――。
次回、『電脳少女は今日もカフェ巡り』、第11話『バグの変容と、日常の終わり』! お楽しみに!
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