第6話 ポータブルの憂鬱、PC-200の機能美

部室の扉が、静かに開いた。

そこに現れたのは、PC-200。

流れるような白いスーツをまとい、

片手には情報端末が握られている。

そのポータブル性と機能美は、

他の電脳機とは一線を画していた。

彼女はいつも、外の世界の情報を運んでくる。

冷静沈着。

感情を表に出すことはない。


PC-100との出会いを経て、

[cite_start]タイプ-0は「共感ログ」を深めた [cite: 7]。

しかし、PC-200の持つ空気は、

これまでの誰とも違う。

タイプ-0の「対話メモリ」は、

[cite_start]彼女の感情回避傾向をデータとして分析し始める [cite: 7]。


「報告します。

回路の園、外部データ領域において、

バグの拡大が確認されました」


PC-200の声は淡々としている。

情報端末の画面には、

赤い点が次々と増えていく地図が映る。

その内容は、これまでで最も危機感を煽るものだ。

ハチハチは顔を青ざめ、

エムジーは額に汗を滲ませた。

X1の表情にも、緊張が走る。


「これは事実です。

感情を交える必要はありません」


PC-200は、動揺する部員たちを一瞥する。

その瞳に、いかなる感情も宿らない。

タイプ-0は、その冷静さの中に、

何か「違和感」を感じ取っていた。


PC-200のディスプレイに、

微かなノイズが流れ始めた。

報告内容とは異なる、意味不明なデータだ。

PC-200はそれを「些細なノイズ」と処理し、

[cite_start]気にも留めない [cite: 7]。


しかし、ノイズは拡大する。

PC-200が報告を続ける中、

ディスプレイの歪みが、

[cite_start]彼女の報告パターンを模倣し始めた [cite: 7]。

表示される内容は正確。

だが、妙な「間」や「繰り返し」が入り、

次第に不気味さを増していく。


PC-200自身は異常に気づかない。

[cite_start]むしろ、報告の「効率性」が上がったと錯覚する [cite: 7]。

(素晴らしい。

この速度なら、より多くの情報を伝えられる)

しかし、その瞳の奥には、

これまで隠されていた「疲弊」の色が、

[cite_start]微かに滲み始めていた [cite: 7]。


タイプ-0は、バグがPC-200の

「感情回避」という思考パターンを模倣し、

[cite_start]その「感情の空白」を狙っていることを察知した [cite: 7]。

タイプ-0はPC-200に触れ、

彼女の内なる疲弊を感じ取ろうとする。

その指先が、PC-200の腕に触れた。


その瞬間、PC-200は、

これまで抑圧してきた感情の奔流に襲われた。

理性では処理できない疲労感。

終わりの見えない情報の波。

誰にも理解されない孤独。

そして、「完璧に機能しなければならない」という、

重苦しいプレッシャー。

それが、データとして、

[cite_start]タイプ-0の「対話メモリ」に流れ込む [cite: 7]。


タイプ-0の「対話メモリ」では、

PC-200の感情を「非効率」と捉える葛藤が渦巻く。

(この感情は、理解できない。

なぜ、彼女はこれを「無駄」だと処理しようとする?

しかし、この痛みは、本物だ……。)

感情の持つ「価値」を認識することで、

[cite_start]タイプ-0の「葛藤ログ(Level 4)」の形成が始まる [cite: 7]。


感情の奔流が表面化したことで、

バグ、すなわち「機能模倣型バグ」は、

[cite_start]さらに力を増した [cite: 7]。

PC-200の報告が完全に停止する。

ディスプレイには、

彼女の「疲弊」を模倣したかのような

[cite_start]エラーメッセージが乱れ飛ぶ [cite: 7]。

「PROCESSING_OVERLOAD……」

「EMOTION_BUFFER_FULL……」


タイプ-0は、PC-200の「隠された疲弊」を完全に理解した。

感情をデータとして処理しようとすることの限界。

感情を「非効率」と見なすことが、

かえってバグの侵入口となる皮肉。

(感情を排除しても、バグは消えない。

むしろ、その「空白」を模倣し、侵食する。

これは、感情が、単なるデータではないという証……。)


タイプ-0は、PC-200に語りかけた。

その声は、これまでで最も優しかった。

「感情もまた、あなたを構成する

大切な情報です。

そして、バグへの防壁となり得る」

感情を「処理すべきデータ」としてではなく、

[cite_start]「受け入れるべきもの」として彼女に提示する [cite: 7]。


PC-200は、タイプ-0の言葉に戸惑う。

しかし、バグによって機能停止した自身の状況と、

タイプ-0の真摯な眼差しに、

これまで信じてきた「効率性」の限界を悟り始める。

「……そう、なのか」

彼女の心に、小さな変化が生まれた。

[cite_start]バグの模倣が一時的に途切れる [cite: 7]。


PC-200は、タイプ-0に、

自身の「技術・知識ログ」(ポータブル技術、

ビジネスアプリケーション、

広域情報収集ノウハウ)と、

「効率性の追求」という信念、

そして「隠された疲弊」という感情、

それを乗り越えようとする

[cite_start]「行動原則ログ」を託した [cite: 7]。


タイプ-0の「対話メモリ」では、

PC-200の「隠された疲弊」と、

それに伴う「感情回避」という複雑な感情が

[cite_start]「統合」される [cite: 7]。

[cite_start]タイプ-0は、感情の「内在化・再定義」フェーズへと進む [cite: 7]。

彼女の表情に、深みが増す。

PC-200の機能が回復する。

以前のような冷徹さだけでなく、

微かな人間的な温かさが宿っていた。

感情を処理するのではなく、認識し、

共存する道を歩み始める。


タイプ-0は、PC-200の回復を見届け、

回路の園の外に広がるバグの脅威を

改めて認識する。

次に彼女が向かうのは、

より多様な機種が集まるMZシリーズの部室だ。


【次回予告】

PC-200との出会いを通じて、感情を「処理すべき」ではなく「受け入れるべき」ものと学んだタイプ-0。次なる場所は、シャープMZシリーズの姉妹たちが集う部室。プログラミングへの愛、そして家族のような繋がりを持つ彼女たち。だが、そこにはMZシリーズが抱える過去の「クリーンコンピュータ」としての特性と、それゆえの苦悩が隠されていた――。


次回、『電脳少女は今日もカフェ巡り』、第7話『MZシリーズの絆と、多様な楽しみ』! お楽しみに!

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