2日目 風鈴【現代ドラマ/風鈴を間引く話/1178字】

 毎月第四土曜日は親孝行の日だ。

 今月は母と妻を連れてドライブに行くことにした。母が毎年電車とバスを乗り継いで行く寺まで、僕が車を出した。


 毎年行く寺、と言っても、法要があるとか、信仰心が篤いとか、そういうわけではない。ここはうちとは何のゆかりもない寺だった。

 母がこの寺に来たがるのは、観光のためであった。母は歴史のある神社仏閣が好きで、この寺も例年夏になると風情のある催し物をするというので、通っているのである。


 駐車場のすぐわきにある正門から、伝統建築に興味のない僕の語彙では説明できないほど立派で壮麗な本堂が見える。


 ちりんちりん、と涼しげな音がする。ひとつふたつではない。まるで合唱でもしているかのように、たくさんの鈴の音が聞こえる。


 境内に入ると、頭上にたくさんの風鈴が吊るされていた。風鈴が数え切れないほど風に揺れている。入道雲が浮かぶ青空の下で、色とりどりの風鈴が音を鳴らしている。


 確かに、これは壮観だった。母が来たがるのも頷ける。しかもお堂の中ではお抹茶をいただきながら休憩できるというのだから、京都に過度なあこがれを抱く彼女が好きになるのもわかった。


「すげえ数。これだけの風鈴が鳴ってると、こういう音楽みたいだね」


 僕が呟くと、右隣に立っている母が言った。


「でもこれ、全部が鳴ってるわけじゃないんだって。半分は鳴らないようになっていて、綺麗に聞こえるように調整してあるみたい」


 僕は驚いた。風鈴を間引く、という発想は僕からは出てこないものだった。

 風鈴としてこの世に生を受けたというのに、音を出さぬまま一生を終えるやつもいるのか。

 そう思うと、なんだか哀れなような気がしてくるのだった。


 ところが、僕の左隣に立っている妻は、まったく正反対のことを考えたらしい。


「いいねえ、鳴らなくていいなんて。ただ風に揺られてるだけなんだね。そういう手抜きの人生、わたしはいいと思うよ」


 いろんな考え方があるものだ。僕には思いつかない解釈をする妻を、おもしろく、頼もしく思う。


 妻がこちらを向いた。彼女は遮光率99%のつばが広い帽子の下で、意地悪く笑っていた。


「中学生の時のたっちゃんみたい」


 中学生の時の僕?


 最初は何のことかわからなかったが、三人で風鈴の道を潜り抜け、本堂の前にたどりついたあたりでようやく気づいた。


 僕と妻は中学校の同級生だった。彼女は快活な学級委員で、僕は中二病で斜に構えた、今風に言うと陰キャだった。


 中学校には合唱発表会という忌まわしい行事がある。学級委員の彼女はクラスの団結を訴えて熱心に合唱練習をしていたが、人前で歌うこと、それも流行りの歌ではなく妙に友情を訴える歌詞の合唱曲を歌わされるのが恥ずかしくて、僕は口パクをしていたのだ。


「バレてたのか……」


 二十年越しに明らかになった真実に、僕は目眩がした。そして、それでも結婚してくれた彼女に感謝するのだった。





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