第7話 常闇の魔物
フィフィが羽根を振ると、壁に刻まれた古代文字が淡く光り出す。
その中心がゆっくりと開き、奥に続く薄暗い部屋が現れた。
「うわっ。こんな場所があるなんて……」
部屋に足を踏み入れた慶太郎は、驚きに声をあげた。
「精霊の力が残ってる場所は、普通の探索者には見えないよ」
部屋の奥から、かすかな光が漏れていた。
それは、誰かを待っているかのような、優しい輝きだった。
まるで遠い昔に交わされた約束が、今もそこに息づいているような光。
「ここはね、光の残証が眠ってる場所」
「精霊の記憶が残ってる場所なんだよ」
「……ほら見てっ。あそこ」
フィフィが指差した先には、祭壇らしき石畳みがあった。
壁には古代エルフ語の文字が浮かび上がっていた。
「フィフィ……この部屋、なんだか光が濃い気がする」
「うん。光のしずくを持ってるからだよ」
「君の持っている、光のしずくで反応してるのさ」
慶太郎は肩からさげたバックの中身を静かに確認する。
そこには今日手に入れた光のしずくたちが、微かに脈打つように輝いていた。
「まるで……光どうしが会話しているみたいだな」
「呼びあってるんだよ。祭壇に眠ってる光の残証が光たちに呼びかけるようにね……」
するとその祭壇の上に光の粒がゆらゆらと舞い始めた。
悠久の仲間を待っていたかのように、その光の粒は何かの形を造ろうとしていた。
石壁には淡い光が差し、静寂の中に微かな鼓動のような震えが漂っていた。
「ここは、『記憶の祭壇』」
「さあ、早く。集めた光のしずくを祭壇に置いて」
「わ、わかった……」
慶太郎がそっと光のしずくを手に取り、祭壇の上にゆっくりと置く。
すると風の無いはずの空間がゆらりと震えた。
祭壇に浮かぶ光源が、慶太郎の置いた光のしずくに集まる。
そして光が凝縮したかと思うと―――眩しく爆ぜた。
思わず目を覆う慶太郎。視界を光が満たす。
光の中から全身を光で輝かせた女性が現れた。
整った顔立ちは美しく、その静かな立ち姿は、どこか物悲し気で憂いな表情をしていた。まるで金色に輝く仏像を想わせる立ち姿。
フィフィが耳元で解説するように囁く。
「あれが、『光の残証』。光の妖精の親玉みたいなものだよ……」
「わ・れ・は……リュミエール」
「われを闇の呪縛から解き放ったのは貴様か?……」
その言葉にフィフィが小さく身震いした。
「……フィフィ?」
慶太郎は驚いてフィフィを見る。
フィフィの顔から今までの笑みが消え、現れ出た『光の残証』を硬直した眼差しで見ている。
リュミエールの視線は慶太郎に向けられていた。
「光のしずくを持つ者よ。試練を受けよ」
「幾世の記憶に触れ、光と闇の狭間を越えることができるか?」
その言葉にフィフィの羽が異常に輝き始めた。
光の圧力が壁を震わせ空間が歪ませた。
「ちょ、ちょっと待って。これはまずいよ」
フィフィがバランスの制御を失ったように空中でぐるぐると回り始める。
動きを制御しようとするが、何かの力に操られ悲鳴をあげた。
その時。
祭壇の奥から黒い霧が噴き出した―――。
叫びのような漆黒の咆哮が放たれ、リュミエールの身を纏う光を濁らした。
それは、漆黒の闇―――。
その光景はまるで、漆黒の闇が聖なる光を捕食するかのように侵食していく。
リュミエールを形造った光が、漆黒の闇に呑み込まれていく。
そして漆黒の闇は一点に濃縮され一つの形に成っていく。
目のようなものが赤く煌々と光を放った。
なんとかバランスを取り戻したフィフィの小さな腕が慶太郎の首にしがみついた。
(フィフィが震えている?)
(あのフィフィが、こんなに怯えてるなんて……)
「こんなの無理だよ。この魔物、精霊を食べている」
「あたしの力なんて……」
「精霊を喰らう常闇の魔物――エル・ヴァルグ」
「とんでもないものが現れた……」
「契約者クン。逃げて」
「すぐこの場から逃げるんだ」
「とても敵う相手じゃない」
「持っている光のしずくを全部捨てて逃げるんだ」
「魔物が気を取られている隙に逃げるんだ」
「常闇の
常闇の魔物が、また咆哮をあげた。
赤く光る目が、ギロリッとこちらを睨む。
「ダメ……ダメよ……」
「来ないで……こっちに来ないで」
「キャャャー!」
今まで慶太郎の耳元で話していたフィフィの声が遠のき、悲鳴となって遠ざかっていく。
「キャャー。助けてっ」
短い悲鳴とともにフィフィの体が、魔物から伸びてきた触手に絡み取られる。
「ダメッダメッ。助けてっ!」
「フィフィ!」
部屋の中でフィフィと慶太郎の声が響いた。
漆黒の闇は、既に禍々しい魔獣の容姿と化している。
魔獣の体が大きく揺らぎ、叫びのような咆哮を放った。
肌が泡立つほど威圧が、煌々と赤く光る目が鋭くこちらを睨んだ。
「これが欲しいなら、いくらでもくれてやるよ!」
と慶太郎は右腕を後ろに引くと腕を振り抜いた。
光のしずくを握りしめた慶太郎は魔獣めがけ、光のしずくを投げつけた。
「キンィーン」と鉱物の冷たく固い衝撃音が鳴る。
二つに分かれた魔獣の体が、ゆっくりと再び融合していく。
「早く逃げなさいっ!」
「人間が常闇の魔物に取り込まれたら大変な事になるのよ」
「ここで逃げたら。フィフィはどうなるんだ!」
光のしずくを握りしめた慶太郎は叫ぶ。
魔獣の赤く光る目は獲物を狙うように右へ左へと軌道を変える。
慶太郎に対しての威嚇と警戒の動き。
その動き、はこれまでと違う。
「効いてる……のか?」
さっきは反射的に光のしずくを掴み、魔獣めがけ投げつけたが、それが何か効いている。
慶太郎は、また光のしずくを握ると魔獣めがけ投げつた。
光のしずくを受けた魔獣は明らかに様子がおかしい。
慶太郎はバッグ中の集めた石たちを右、左の手に鷲づかみにした。
「常闇の魔物! 来いよ」
両手で光のしずくを握った慶太郎が、肩を上下させて構えた。
常闇の魔物が漆黒の牙をむいた。
闇に翼を広げると慶太郎に覆いかぶさってきた。
慶太郎と魔物が重なりあい、漆黒の闇が慶太郎の体を押し包んだ―――。
「契約者クンっっっ!」
漆黒の闇が、慶太郎を完全に呑み込んだ。
―――その瞬間。
慶太郎を覆った闇を振り払うように、金色の光が内側から眩しく弾けた。
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