第8話 白いエルフの剣士
慶太郎を呑み込んだ闇を裂くように、金色の光が眩しく拡散した。
「うぅぅぅっ。放せえっ!」
慶太郎の悲痛の声が壁に響く。
光が消え、そこには慶太郎の左手に喰らいついた魔獣の禍々しい姿が露わになった。そして魔獣はさらに体ごと呑み込もうと、暗闇の口を広げた。
その時―――。
一陣の疾風が慶太郎と魔獣の間を鋭く割って入ってきた。
白銀に光る刃の残像が暗闇を切り裂き、空間にながく伸びた。
「下がりなさい―――」
強引に腕を引かれ、よろけるようにして慶太郎は魔獣から離された。
鈴音のような声の主。
慶太郎の目の前に突然と現れたのは、白銀の長い髪を揺らしたエルフの女剣士であった。
その現れた女剣士は風を纏ったような軽やかな足さばきで、横一閃、常闇の魔物の首辺りを斬り払う。すかさず鋭い剣先で突きを放った。
女剣士は、慶太郎をかばう様にして常闇の魔物の前に立ちはだかった。
「こんな場所で何をしてるの?―――」
「ここは、人間の立ち入れるような領域ではない」
「迷宮がざわつくので追って来てみれば―――何て事を……」
女剣士は後ろ背で慶太郎に目を向けると、魔物と対峙する人間に対して眉をひそめた。
彼女のその姿に一瞬、息を呑んだ。
冷静さを湛えたサファイアのような瞳がボクを見る。
透き通るような白い肌、揺れる銀色の髪―――。
薄紅い唇が何かを言いかけた……。
彼女はスッと向き直り、前の魔物に向かって剣を構え直した。
敵に向けた剣先は鋭く真っ直ぐ、放つ剣気で相手を制する。
その姿は、まるでエルフの神話物語で語られる「森の
慶太郎は、彼女の後ろ姿を息をするのも忘れて見つめた。
胸が高鳴り鼓動が早鐘を打つ。
◆◆◆
「人間は下がっていなさい」
「後は、わたし対処する」
その言葉に慶太郎は我に返った―――。
「け、契約した妖精が魔物に捕まっていて、早く助けださないと……」
女剣士は対峙する常闇の魔獣の後方にある祭壇に絡め捕られた妖精を遠目に見る。
この場の状況、今まで起こった経緯を素早く判断した表情で目を細めた。
「
女剣士は慶太郎に耳だけ傾けると、何か言いたげに鼻で笑う。
「わたしが魔物を引き付けている間に、
「ここまでやったんだ、迷宮探索のプロならできるでしょう」
とクールな口調で言うと女剣士は、腰に装備していた短剣を抜いた。
握る短剣の柄をクルリと回転させて器用に持ち替えると、短剣を慶太郎に差し出した。
「この短剣を取りなさい」
「この短剣には魔物封じの効果を施してある。自分の身を護りながら妖精の元へ行くといい」
慶太郎は差し出された短剣を恐る恐ると握った。
ズシリと重い。
抜き身の刀身にはエルフ語らしき文字が連ねて刻印されており、白銀に輝く刃は恐ろしいほどの鋭さがある。
(ライセンス取得の為に武器の取り扱いなど実地訓練はあったけど)
(身を護りながら……といっっても……)
「よしっ。行くぞ
否定して考える猶予もなく、女剣士は一声かけると剣を前に構えながら目の前の魔物に突っ込んでいく。
慶太郎は魔獣に一人突っ込んでいくエルフの女剣士の背中を慌てて目で追った。
(ま、まって―――)
(これって、バスケの練習でやらされた鬼ダッシュじゃっないか)
(ええいっ。もう行くしかない!)
短剣の柄を握りしめると愚痴のような気合を入れて、先に飛び出して行った彼女の後をダッシュで追いかけた。
◆◆◆ 決断
エルフの女剣士が、魔物と対峙している隙に何とか祭壇までたどり着いた慶太郎は、息を切らせながらも体が動かせず絡め捕られた格好のフィフィに声をかけた。
「フィフィ。大丈夫かっ?」
「慶太郎っ早く、早く、助けてぇ」
「ちょっと待って。今、助けてやるから」
祭壇の中央に拘束されたフィフィが大声をあげ足をバタバタとさせる。
フィフィの体を縛る拘束を何とか外すと、フィフィが勢い良く飛び上がった。
「常闇の魔物めっ。あたしをこんなめにあわせて、許さん」
「慶太郎。私たちも行くよ」
怒りで手足をばたつかせるフィフィを慌てていさめる。
「フィフィ。待って待って。ちょっと待って」
「今、エルフの女剣士が魔獣を何とかしようと闘ってくれてるから」
「それにあんな魔物、ボクらどうしようもないよ」
「君も逃げろと言っていたじゃないか」
その時だ。耳を覆いたくなる魔物の咆哮が響きわたった。
魔物を追いつめていた女剣士を振り切って、常闇の魔物がこちらを向き直った。
手負いの魔物が大気を揺らしながらこちらに向かって突進を始めた。
「状況が変わったんだ」
「この短剣があれば、何とかなる」
「慶太郎っ。ここは私たちで終わらせるよ」
「あの常闇の魔物を討伐する」
「その短剣で常闇の魔物の核を
「えっ?」
「いいからっ。あの常闇の魔物の核を狙ってっ!」
「あの赤く光っている部分。魔物の核をその短剣で貫くのよっ」
「慶太郎がやらなければ、この勝負、負けるのよ」
「お願いだから……」
「お願い……あの『光の残証』を救ってあげて」
「闇から救ってあげて」
「フィフィ……君は……」
常闇の魔物との距離が縮まる―――。
背筋がゾクリッと震え、それが首筋から後頭部に一気に駆け上がった。
魔物が再び咆哮を上げた。
慶太郎は、迫って来る相手を睨んだ―――。
息を細く吐くと、今度は吸い込み下っ腹に力を溜める。
体の重心を落とし、前傾姿勢で足腰を構えた。
「ふっ、ふうぅぅぅー」
「残り時間10秒。一発逆転のチャンスかっ」
慶太郎は独り言を口にすると、息を吸い込み、ダンッと地面を蹴った。
常闇の魔物に向かって走りだす―――。
常闇の魔物との距離が縮まる。
繰り出される闇の触手が鞭のようにしなり、慶太郎を襲う。
しかし慶太郎は機敏なユーロステップで右に左にこれをかわした。
ステップバックで移動のタイミングをずらす。
そして体をひねると、キレのあるフェイントで獣の触手の脇をかいくぐった。
一点集中っ。小さな的をめがけて照準あわせた。
「ここだあぁぁぁっ!」
膝のバネを一気に使って、体ごと握った短剣を突き上げた。
突き上げた短剣の刃は手応えが無く、スッと獣の体に吸い込まれる。
「…………」
常闇の魔物の体内から一閃の光が眩しく放たれた。
光と風が交差し、魔獣は悲鳴と共に霧散する―――。
「…………」
―――部屋は音のない世界に包まれた。
静寂な空間に金色の光の粒が雪のように舞い、幾千の魂が静かに散っていくようにも映る世界。
祭壇の上に燈る光だけ優しく穏やかに揺れていた。
降りそそぐスノーライトが、静かな沈黙の時を刻んでいく。
フィフィがささやいた。
「静かにお休みなさい……妖精たち」
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