第17話 密猟者

 迷宮の空気は冷たく、壁に刻まれた古代の文字が、かすかに脈打つ。

 ララ・ノアの指先の合図で慶太郎の足が止まった。

 奥から揺れる光は、炎ではない。魔石の灯か、あるいは禁術の残光か。


 彼女は静かに目を閉じ、辺りの気配を探る。


「何か?……」


 と言いかけた慶太郎の言葉を、彼女は自分の唇にそっと指を当てながら封じた。


「このささやき……精霊たちが呼んでいる」


 指を噛むと、聴覚を研ぎ澄ますように耳をゆらした。


 そして腰の剣鞘を握ると、彼女は暗い奥の坑道へと進んでいく。


 ◆◆◆


 坑道を進む。

 すると壁の裂け目に、手灯の薄明りに照らされた数人の男たちが立っていた。

 いずれも手にツルハシなど掘削工具を持ち、大きな袋を背負っている姿。

 男たちの動きは明らかに何かを探している。


 ララ・ノアさんは、手首に付けたバングルを耳に当てると、何やら耳を澄まし集中する。


「やはり、情報どおりだ」


 ひとりごとを口にする。


 不思議そうにララ・ノアを見る慶太郎に気づき、彼女が言う。


「これは、共鳴石。精霊たちの会話を聞くことができる石」

「エルフ族にとって御守りの様なものよ」


 耳元からバングルを離した彼女は、急速に剣士たる表情に変わる。

 怒りに似た剣気のようなものを滲ませ、抜き身の刃のように冷たい。


「事前に入手した情報どおり、あの者らは密猟者」

「精霊の源であり大森林の生命を、ただの商品として扱う無法者。」


「そして、この南斗の迷宮に眠る『記憶の秘宝』を探している」

「人間がエルフの築いた神聖なる迷宮の領域を犯し、壁を打ち壊し、無知と欲望で悠久の時を砕こうとしている」


「しかし、この情報はどこから……」

「奴らを捕らえて、黒幕の正体を暴く」


 ララ・ノアは男たちを睨むと、剣の柄に手をかけた。


「あなたは、ここで待機していて」


 と彼女は男たちに狙いを定めた。


 突然―――。

 背後の空気が震え、二人の後から気配を消す影が襲いかかってきた。

 ララ・ノアが素早く体を反転させ、振り下ろされた刃を弾いた。

 暗闇に金属の火花が散る。

 男は奇声を放つと只々単純に突進して来る。

 フードコートで全身を覆い、刃を振りかざし迫ってくる男を彼女が斬り払う。

 更に二人。右、左と彼女は体を揺らせ一撃で切り伏せていく。


 彼女が前に出る足を止めた。


「下がって!」


 男の手には、ダイナマイトの束が握られていた。


「こんな狭い坑道で火薬を使うなんて。正気なの?」


 男は導火線に火を付け、叫んだ。


「こうなれば、皆、道ずれだ」

「目撃者は跡形もなく、全て吹き飛ばしてやる」


 大声で叫びながら手に持つダイナマイトの束を高く掲げ振りかぶった。


 ララ・ノアが地面を蹴った。その素早い動きで男との距離をゼロにする。

 彼女の放った剣先が、火の付いた導火線部分を切り飛ばした。

 そして剣の柄で、男の腹に当身を喰らわす。


 ぐふっ。男はよろけるが、かろうじて踏み止まる。


「…………」「これで……終りだ」


 男は無表情の顔で、手に持ったダイナマイトを投げた―――。


 ダイナマイトが男の手から離れようとした瞬間。

 慶太郎の手の平が、そのダイナマイトを打ち払った。


 ダイナマイトが地面を転がる。


「……」「……ジジッ……」


 導火線の火が微かな硝煙の匂わせ―――爆ぜた。


 爆音とともに爆風が狭い坑道を吹き抜けた。

 坑道の天井が崩れ、土煙が視界を奪う。


 ◆◆◆


 瓦礫の中、慶太郎は一人体を起こした。

 辺りを見れば、崩れ落ちた天井や壁。土埃が地面を白く覆っていた。


「大丈夫かい?」


 息も絶え絶えに慶太郎は声をかけた。

 慶太郎の下には、ララ・ノアがうずくまっていて意識がない。

 瓦礫を取り払うと慶太郎は彼女を抱きかかえ、微かな煌めきが見える方向へと一歩一歩、進む。

 音も無ければ光も無い、時間や感覚も無い世界……。

 あるのは頭の中で何度も繰り返される、あの優し気な少女の声。


 ―――慶太郎は、膝をついた。

 体の支えがきかず、体が前に倒れていく……。

 少女の声も段々と遠くへ薄れ、消えていく……。

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