クレナイの荒治療 その1
それから、ビヨンドとクレナイは訓練場にやってきた。
まだ誰も起きていないのか、人は誰もいなかった。
「さて、始めましょうか......」
ビヨンドとクレナイは訓練場の中心に移動する。
クレナイはビヨンドに視線を向けると、木刀を鞘から引き抜く。
「ビヨンドさん、全力でお願いします。貴方の悩みの全てを力に変えて、私にぶつけてください......!」
そう言われたビヨンドは、悲しげな表情をしつつも、傘を構える。
お互い武器を構え、見つめ合う時間が進む。
「......やはり、すぐに気持ちを切り替えるのは難しそうですね.......。では......!」
クレナイは全力で走り、ビヨンドに接近する。
そして、ビヨンドの目の前で木刀を振るおうとした。
「......っ!」
ビヨンドは反射的に傘を持つ腕を動かし、傘で木刀を受け止める。
クレナイは間髪入れずに連撃を叩きこむが、ビヨンドは全て受け流していく。
「その調子です......! どんどん行きますよ!」
クレナイの素早い攻撃、ビヨンドの正確な防御。
激しい攻防が続く。
ビヨンドも防御するだけのつもりはなく、間合いを管理しながら急接近し、傘をクレナイに叩きこむ。
「ふふふ......! やはり、闘いというものは楽しいですね......!」
二人の木刀と傘の攻防は、この後十分ほど続いた。
息を切らしながらも全力で闘うビヨンド。
そんなビヨンドからは、今までの悲しみという感情は感じられないほどの気迫を感じるようになっていた。
同じ時刻、エリュー王国の森にて。
馬車がエリューの国境を越えてから九日。
馬車は草原を超え、森の中へと突入するところだった。
寝ていた胡散臭い男が、目を覚まして指輪を見つめる。
今まで指輪から斜めに伸びていた線が、だんだん真下へと方向を変えていることに気がついた。
そして十分後。
指輪を見ると、線は完全に真下に伸びていた。
「おーいここだ! 止めてくれ!」
胡散臭い男が馬車の運転手に声をかける。
その合図を聞き、運転手は馬車を止めた。
それと同時に、真面目な男も目を覚ました。
「ほら起きて。これから一仕事してもらうんだから」
胡散臭い男はそう言うと、馬車から降りた。
外に出ると、森のど真ん中だった。
周辺に人が住んでいるどころか人がいる気配すらない。
「いやー、運がいいねー。最適だ。うん」
胡散臭い男がそう言いながら周辺を見渡す。
「そうだな」
運転手の男は賛同する。
「じゃ、俺は中で休ませてもらうぜ。後はお前たち戦宝調査員に任せた」
運転手は馬車に入る。
運転手と入れ替わるように、大き目なスコップを持った真面目な男が馬車から降りてきた。
「線の先はここの真下ですよね?」
「うん。これ貸すから、頑張って掘ってね」
胡散臭い男が眼鏡を外し、眼鏡と指輪を真面目な男に渡す。
真面目な男が眼鏡をかけ、指輪を指にはめる。
「じゃ、その指輪の力を試してごらん?」
真面目な男は、スコップの先端を地面に突き刺す。
そして、土を持ち上げようとした。
「......っ!」
土はまるで砂浜の砂を掘るかのように、いや、それ以上に軽々と持ち上がり、真面目な男は驚いた。
「す、すごい......! 全然力を入れてないのに、こんなに簡単に......!」
「それが戦宝【怪力の指輪】。今の状況みたいに、線の先が地面の中や山の中、岩の中だった時のために持ってきたんだ。深い穴を掘るとなっても、それなら余裕そうでしょ? じゃ、あとはよろしくねー」
胡散臭い男はそう言うと、馬車に戻る。
「隣、失礼するよ」
寝ている運転手に声をかけ、対面の椅子に横になる。
そして、散々寝ていたのにも関わらず、すぐに眠りに落ちた。
「はぁ......はぁ......」
疲れで床に倒れ、天井を見上げるビヨンド。
その隣では、クレナイが正座し、手拭いで額の汗を拭いていた。
「どうですか......? 気分は晴れましたか?」
「はぁ......お、おかげさまで......。はぁ、はぁ......」
荒い呼吸で返事をするビヨンド。
「ふふ......それは良かったです」
二人が会話していると、訓練場の扉が開き、レパールが欠伸をしながら入ってきた。
「あら、早いわね......。って、ええ......!?」
レパールが倒れているビヨンドを見てぎょっとする。
「クレナイ......! 弱ってる相手をボコボコにして改心させようとするのは流石に......」
「ちょっと、何ボコボコにされたことにしてるのよ」
体を起こし、レパールを睨みつけるビヨンド。
「ストレス発散で打ち合いをしただけですよ」
「な、なんだ......。てっきりクレナイの暴力的指導の後だと......」
安心し、一息つくレパール。
「というか、その調子を見る限り、もう大丈夫なのよね?」
「ええ。迷惑をかけたわね。ランディが居なくて寂しいし、心配なのは変わらないけど......。あの子のことを、あの子との運命を信じることにしたの。必ず、私たちの元に戻ってくるって......!」
ビヨンドは立ち上がり、傘をブンブンと振り回し、元気な姿を見せる。
「いやー。ビヨンドちゃん元気になったみたいだねー」
ラッティが櫛で髪をとかしながら、訓練場へと入ってきた。
そして、ビヨンドの元へとスタスタと歩み寄り、両手でビヨンドの頬をガシッと掴む。
頬を手で揉みながら、ビヨンドの瞳を見つめるラッティ。
「うん、もう大丈夫って感じだね。悲しみのない、希望に満ちた目をしてる」
「ご心配をおかけしてすみませんでした! でも、もう大丈夫……とは言い切れないですけど......」
まだランディの行方がわからないため、完全に大丈夫と言い切ることはできなかった。
「でも、あの子のことを信じてみることにしたんです。あの子はそんな簡単に諦めるような子じゃないって、悪いことをするような子じゃないって、私が一番知ってるので!」
「ははは、すっかり元気だね。うん、良かった良かった」
ラッティは笑いながら頬を揉み続ける。
「あ、そうだ。そんな復活したビヨンドちゃんに任務のお話があってね。本当は次の訓練の時にでもお話しようと思ったんだけど......」
「なんですか? お話って?」
「なんかフェルノアがビヨンドちゃんに興味があるっぽくてさ、半月後の任務に一緒に来てほしいんだって」
「え!?」
「具体的な内容は知らないけど、そういうことだから。じゃ、私はこの後用事があるから。じゃねー」
ラッティは手を振り、訓練場から出ていった。
「むー......。ビヨンドばかりずるいわね......。この前だって一緒に任務に参加してたし......」
頬を膨らませ、不貞腐れるレパール。
「まぁまぁ、落ち着いてください。私たちも頑張っていれば、いつかご一緒する機会が訪れますよ」
そんなレパールの頭を、子どもをあやすかのように撫でるクレナイ。
「それじゃあビヨンドさん。四天王の方と任務に参加するとなったら、訓練を疎かにするという愚行はできませんよね?」
「勿論よ。ただ、お昼すぎからはランディの捜索をさせてちょうだい。訓練をサボらないってだけで、探すのを辞めたわけじゃないから」
「ふふ、わかっていますよ。では、準備はよろしいですか?」
クレナイが木刀を構える。
ビヨンドが傘を構えると、再び打ち合いが始まった。
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