第14話 魂による証明

 「・・・」


 氷戈には分からなかった。

 思い返せば思い返すほど、記憶を辿れば辿るほど『燈和は燈和』であった。


 燈和のことを他の誰よりも知っている自信がある。燈和のことを他の誰よりも理解している自信がある。


 だからこそリベルテを本気で燈和だと思って錯乱してしまった理由が分からなく、何より悔しかった。


 遠ざかるリベルテを眺めていると、突然名前を呼ばれるのだった。


「氷戈ァ!!」


「ッ!!?」


「何してんねや!?早うこっち来ぃや!!」


「あ、あぁ....」


 腑に落ちぬ様子で返事をした氷戈は、リベルテを抱えるレオネルクの背を追うために足を動かした。


 城の扉から城門までは一直線ではあるものの、そこそこの距離がある。少し前に動いたはずのレオネルクですらまだ半分のところを駆けていた。氷戈の足だとそれよりも時間がかかるだろう。


 そうして一歩を踏み出し、氷戈の走る速度が軌道に乗ってきた頃だった。


「ッ!!?」


 氷戈の記憶にが鼓膜に響いた。


「ちょちょい!!今出ていかれると困るんだって」


 突如、上から聞こえた声はそのまま唱えた。


「這いな、『排斥ノ陣グランツェス・ロウ』」


 詠唱と共に頭上が赤く輝く。

 その光は一瞬、氷戈の視界を奪ったがそれ以外に特段何かがあったと言う訳でも無かった。


 彼らの呻き声が聞こえるまでは。


「うグッ....!?」

「ぬぅッ!?」


 視界が開けるとまず目に入ってきたのは前を走っていたはずのレオネルクの姿だった。

 彼は鈍く呻いたかと思えばその場で静止し、抱えられているリベルテも同様に苦しそうな声をあげていた。


 よく見ればレオネルクの両足が地面へり込んでおり、倒れてしまわぬようその場で踏ん張っているのだとすぐに気づけるはずである。


 しかし、今の氷戈は


 声の出所を必死になって探す氷戈は視線を空へやる。


「ッ!?なんだよ....あれ...」


 そこで氷戈が目にしたのは赤いブラックホールのような形をした物体だった。

 但し、ブラックホールとは言えども司るのは引力では無いらしく_


 頭上いっぱいに広がったそれは丁度リュミストリネ城の境内を覆い尽くすほどの大きさであり、色や形も相まってなんとも禍々しい雰囲気を醸していた。


 この世のものとは思えない光景を目の当たりにした氷戈は、空を見上げたまま固まってしまっていた。

 が、すぐに前方から聞こえた声によって意識が引き戻される。


「普通なら立ってるのもやっとのはずなんだけど、なァッ!?」

 ドガッ!!

「ぐァッ!!?」


 いつの間にか地上に降り立っていた声の主は、踏ん張るレオネルクの横腹に向かって蹴りを見舞った。

 重い一撃を喰らったレオネルクは四、五歩ほど後退りをしたのちに背中から転倒する。


 そして当然、決死の思いで抱き抱えていたリベルテともその場で離れてしまう事となった。

 蹴られた衝撃と、がかかっていたことが相まってリベルテを落としてしまったのだ。


 この『あまりに強い負荷』とは何なのか?


 ドスっ!!

「グぬっ!!」

 本来30kgにも満たないであろうリベルテが1m以下の高さから落ちた時の異様な衝撃音と_


 ガンッ!!

「くッ!!」

 _ガタイは良いものの、ただの尻餅で地面を少し抉ってしまうという異様な光景。


『リベルテが地面に落ちる瞬間』と『レオネルクが尻餅を付く瞬間』の両場面を見ていた氷戈であれば凡そ察することができた。


『重力操作系のカーマ


 しかし、今の氷戈には


「な...んで....」


 目の前で生じている信じがたい現象に氷戈は力無い声を上げる。


 ここで続いていた地面の揺れが収まり、同時に鳴り響いていた騒音も止む。

 急に静まった場は氷戈を余計に焦らせた。


 そんな氷戈を他所に事態は進んで行く。


 レオネルクを蹴飛ばした張本人は歩きながら笑って言った。


「リュミストリネ最強と名高いレオネルク・ヴェルナパルテ。アンタさえ始末できりゃオレ達の勝利は確実、これはそういう勝負だったのさ」


「何が言いてェ...?」


「文字通り籠城したアンタを外から攻略するのは不可能、城ごとぶっ壊すのもお姫様に万が一がある時点で却下....じゃあどうしよう?」


「チッ...だからスパイだったんだろ?避難民に見せかけて城内に忍ばせたようだが、芸もねぇ策のクセして勿体ぶんなよ」


「スパイ...?なるほど、そう思ってるんだ?確かにそれはナンセンスだ」


「あ?」


「言っておくけど『地繋ギスペクト』の印を持った人間を城内に忍ばせたのはオレ達じゃあ無い、アンタら自身だ」


「何だと...?」


「幾ら非常時とはいえ、過去に同じ手を喰らったアンタがそれを警戒しないはずがない....だろ?あの印は目立つんだ」


「チッ....」


 レオネルクはそいつの勝ち誇ったかのような口調に分かりやすく苛ついていた。

 ところが、次の一言で全てを察してしまった彼は途端に青ざめる事となる。


「ところで、リュミストリネは明日の建国記念日を祝って祭事を催すらしい。その準備の為か、お国に仕えているであろう使用人達があちこちを行き来していたようだ」


「ッ!!?まさかッ...!?」


「彼らの服装は実に使用人らしくて分かりやすかったって言ってたな、特にこぞって身に付けている白い手袋は印を隠すのに最適だって」


「・・・なるほどな。そうして国内全域に奇襲を仕掛けることで印の刻まれた使用人達を自然に城内へ帰し、戦力の分散も図れるってことだ」


「やけに冷静じゃん?・・・んあ?」


 このタイミングで何故か落ち着いた態度を見せたレオネルクを不審がるそいつだったが、両者の会話はここで中断される事となる。


礼式れいしき焔渦ほむらうずまき』!!」


 突如として割って入った詠唱は城門の方向から聞こえてきた。

 見ればシルフィがそいつに向けて放った源術アルマだと直ぐに分かった。


 シルフィの両手からビームのようにして発射された炎の渦は進んでゆくほどに酸素を取り込み、肥大化していった。

 やがて人ひとりを裕に呑み込んでしまえるくらいに大きくなった渦はそいつに直撃しようとしていた。


 黙っていた氷戈は自然と叫ぶ。


「ッ!?ダメだッ!!」


 気づけば、必死になって駆けていた_

 _迫り来る炎からを救う為に。


「避けろッ!!くそッ...間に合わ_」


 氷戈の全力疾走も虚しく、親友が炎に呑まれようとした時だった。


「はぇ...通常の十倍もの負荷がかかっているこの過重力域の中、勢いが落ちないだなんて」


 親友か、そいつか。

 そいつか、親友か。


 彼は呑気に言うと、左手を迫り来る炎に向けて唱えた。


「『斥力波動グランフィーツ』」


 すると、炎の渦は見えない力によって芯から四散していったのである。


 それだけでは無い。

焔渦ほむらうずまき』を芯から押し除けていった力の波動は術者であるシルフィの元まで辿り着き_


「うぐッ!!」


 シルフィは物凄い勢いで後方に吹き飛ばされてしまう。


「シルフィ!!くっそッ....」


 リグレッドは彼女の名前を呼ぶも、その姿はもう見えなかった。


 場は再び静まり返り、ここで氷戈の我慢は限界を迎えた。

 静寂の中、氷戈は目の前で圧倒的な実力を発揮するそいつに向かって叫んだのだった。


「なんで....なんでこんな事してんだよッ!!?ッ!!!」


『力己と呼ばれた』そいつはゆっくり振り返ると、怪訝そうな表情を浮かべてこう言った。


「あん?・・・誰、アンタ?」


「へ」


 一番の親友だと思っていた彼に「誰?」と問われた氷戈は思わず変な声を上げてしまう。

 目の前に立つ彼はどこからどう見ても新田 力己であったが、当の本人は自分を知らないと言う。


 氷戈はつい先ほど味わった苦い感覚を思い出す。


 確かに背丈や髪の色といった容姿の部分や口調も力己のそれとは違った。だが、それ以上の『何か』が彼と力己を紐付けているようでならなかった。


 燈和とリベルテの時には分からなかったこの『何か』。

 氷戈は立て続けに同じ経験を二度することによって、この『何か』が何であるかを理解した。


『存在』


 とても曖昧な言葉であるが、直感的に得た答えを一番近しい意味の言語で表すとするならば『存在』であった。


 燈和とリベルテ、力己とこいつ。

 両者共に外見は似たり寄ったりだが、人格に至っては全くの別であることは分かる。


 だからと言って彼らを赤の他人だと思えないのは何故か。

 それは氷戈が日常を過ごす中でいつも感じていた幼馴染あいつらの『存在』と彼らの『存在』がかのように、密接に結び付いていると思えたからだった。


 エビデンスのエ文字も無い、感覚のみに頼ったこの証明。

『魂による証明』、とでも証すべきか。


 目の前のそいつに『誰か?』と問われて数秒間、氷戈は棒のように立ち止まってこんな思考していたのだった。

 否、のである。


 そのツケが瞬時に回ってくるのは当然だった。

 何故ならここは戦場だから。


 ドゴォっ!!

「うっグァッ!!?」


 突然、自身の腹部に鈍い痛みが広がる。

 痛みに声を上げ、何が起きたか理解をする前に血の味を感じ、全身から力が抜けていった。


「グっ....カはッ....!?」


 跪いた状態で目を開けると、そこには小さな血溜まりができていた。


 痛烈な痛みと混乱で何も出来ずにいる氷戈を見下して、そいつは言った。


「ま、アンタが誰であれ関係ない。オレの『排斥ノ陣グランツェス・ロウ』による斥力攻撃をはじいている時点で迅速排除がセオリーな異分子だ....」


 そいつは氷戈の鳩尾に一発入れた拳を広げてゆっくりと歩み寄る。

 そして掌をえずいている氷戈の後頭部にそっと乗せ、無慈悲に唱えた。


「潰れろよ、『万有斥力アーレ・グランツェ』」


 優しく乗せられた掌は、あいつのものだと思ってしまうほどに馴染み深く、どこか心地よかった。





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