第12話 初めまして、お元気でしたか?
相も変わらず、大きく揺れ続ける大地。揺れの発端となっている両者の戦闘が留まる気配は皆無であった。
そんな中、氷戈は拙い足取りではあるものの自身にしか成せない役割を遂行しようとしていた。
「スゥー....」
短く息を吐く。
一歩を踏み出し、門を超えた先は
しかし、ここで手をこまねいている暇も無い。
さっさとこの争いを終わらせて
「よしっ、行ってやるぜ....!!」
意気込んだ氷戈は思い切ってその身の全てを『
「・・・」
やはり何ともない。至って普通の空間である。
それを確認した氷戈は転ばぬように一歩、また一歩と慎重に進んで行く。
「・・・」
何歩進もうが何ともない。何ともないが、恐怖とはまた別の感情が氷戈を支配する。
『孤独感』
思い返せば突然とこの世界に来てから、周りに人が居ない場面は無かった。更に広い境内にたった一人の状況。何かあっても助けてくれる人は近くに居らず、自分が如何に無力であるかも知っている。
それらが余計、氷戈の孤独感を煽る。
-クッソ....独りで居ることなんて慣れっこのはずなのに、どうしてこんなに怖いんだ....-
怯えながらではあったが、足を止めることはしない。
それこそ怖かった。動いていたい。
心中はどうであれ、進み続けた氷戈は遂に城に入るための扉の前へと辿り着いたのだった。
「あっ...そういえば」
-これ....開くのか?普通、鍵とか掛かってるんじゃ....?-
そう思った氷戈は助けを求めるかのように振り向く。
すると、リグレッドは察してか「とりま開けてみてやー?」と言わんばかりのジェスチャーを送り返してきた。
「....」
呟いた氷戈は前へ向き直り、扉の戸にゆっくりと手を掛け、引く。
キィィィ....
意外にも門に錠はされていなかった。
扉は音を立てながらもスムーズに開き、氷戈の目に飛び込んできたのは__
「『留刃』
「ッ!?んえッ!?」
どすん!!
突如、詠唱と共に放たれた斬撃は氷戈の首を
あまりの速度に避ける暇は無かった。氷戈は何かが急所に飛び込んできた驚きで尻餅をつくのだった。
「いっちち.....」
「はァ!?な、なんだコイツっ....!!」
尻餅を痛がる氷戈の様子を見た斬撃の放ち手は、目の前で起こった信じられない現象に戸惑いの様子を見せた。
しかし、それも束の間の事。直ぐに持っていたレイピアの片方を倒れる氷戈の首元へ刺し向けて言う。
「オレの『留刃結界』や城扉に仕掛けた結界を難なく突破して来るんでどんな強者かと思えば、こんな腑抜けたボウズだったとはな?ヴィルハーツの差金にしちゃあ随分と可愛いじゃゴボォッっ!!?」
男は突然、断末魔を叫んだかと思えば次の瞬間には氷戈の視界から消えており_
代わりに映ったのは氷戈より二回りほど幼く見える、華やかな衣装に身を包んだ女児の姿だった。どういう訳か、彼女が横から男を蹴飛ばしたのである。
ここはお城で、助けに来たのがお姫様。
普通に考えれば目の前で自分を見下ろすこの子こそがリュミストリネのお姫様なのだろうが、氷戈はそうは思えなかった。
「ッ....!!?」
彼女の姿を目にした氷戈は息詰まる。
数秒前に死にかけたという事実をも忘れるほどに_
_どうしてか。
「な...んでッ....!?」
怒った様子の彼女は動転する氷戈など歯牙にも掛けずに、慌ただしく問い詰める。
だがこの際、そのような事はどうでも良かった。今はただ目の前の彼女が誰であるかが重要だった。
「ええいっ!!身の程知らずにも
「燈和ッ!!」
狂った様子の氷戈は幼馴染の名前を大きく叫び、彼女を強く抱きしめたのだった。
「ッフャァぁぁァっ!!?」
突然のことに『燈和と呼ばれた』姫は言葉を失ってしまう。
その間にも、自身に抱きつく青年は訳の分からない事を
「燈和ッ....燈和...ごめん、本当にごめん....俺のせいでこんな....」
「・・・」
何を言ってるのか分からない。
『トウカ』などと言う名に聞き覚えもない。
そもそもこの者は誰なのか。
思い出せるはずもないのに、どこか懐かしくて_
不思議な感情に惚けるリベルテは氷戈の奇行を咎めるでもなく、ただ立ち尽くしていた。
当然、そのような不躾を姫の側近が許すはずも無く。
「姫さんに、何しやがるッ....」
静かだが、あまりに確かな殺意の刃を氷戈の首筋に向けて放つ。
今度は斬撃の衝撃波などでは無い。正真正銘、
氷戈が首を貫かれて息絶えることは、火を見るよりも明らかな未来であった。
「・・・?な、んだ....?」
だとすれば_
_我々の見ていた火の
「・・・」
氷戈を殺しに向かったレオネルクは目を見開いて、立ち止まる。
自身が放ったレイピアの鋒が、氷戈の
「テメェはいったい、なんなんだッ...!?」
レオネルクは声を荒げて氷戈に問う。
ところが、当の氷戈は上の空を続ける。肝心のリベルテもまた、どこか様子がおかしい。
突き出したレイピアをゆっくりと下ろすも、その心中は穏やかでは無かった。次の手を打とうにも近くにリベルテが居るこの状況では迂闊に手が出せない。
レオネルクは一層、焦るのだった。
そこへ空気の読めない関西弁が割り込んだ。
「おーい、レオーッ!!聞こえるかー、ボクやー!!」
「・・・?ッなに!?」
声の出所へ目を向けたレオネルクはまたも驚きを隠せないといった表情をする。
「リグレッド・ホーウィング....?なんでテメェがここにッ!?」
「話は後やッ!!今はとにかく、城から離れるんやッ!!」
「なんだと....?」
レオネルクは思わず聞き返す。
それもそのはず。
現在、戦禍に見舞われているリュミストリネ国の中で『留刃結界』で守られている
「ちゃうんやッ!!」
リグレッドはそんな考えをも見透かした上で叫ぶ。
「その考えこそが、まさに掌の上なんやッ!!」
「何を言って...」
「ッ....!!」
このやりとりを聞いた氷戈は漸く正気に戻る。
正しくは『目の前にいる幼馴染を危険から遠ざけなければならない』と漸く思い至ったからであるが。
氷戈は一旦リベルテから離れると、困惑した様子のレオネルクに向かって言う。
「そ、そうだった!!早く行かないと!!中にラヴァスティのスパイが居るかもってリグレッドさんがッ...!!」
「何だとッ!?今城内に居るのは城の使用人や避難民だけのはずだが....まさかッ!!」
ここで全てを察したレオネルクは一先ず氷戈への警戒を解く。
だが、依然として放たれる声には静かな怒気を感じられた。
「おいテメェ、その情報は確かなんだろうな...?」
氷戈はレオネルクの迫力に気押されそうになるも、あくまで毅然と立ちふるまう。
「はい、リグレッドさんがみた...?って言ってました」
氷戈はリグレッドの言う『視えた』が何をどう指すのか分からなかったので言葉の歯切れが悪くなる。
しかし、レオネルクにはそれで十分だったようで。
「なるほど....あん時と同じって訳だ。ヴィルハーツのクソッタレめが....」
そう呟いたレオネルクは短く唱える。
「『
「・・・?」
氷戈にはこの詠唱の意味が分からなかったが、次に続いた彼の言葉で『留刃結界』を解除したのだろうと理解する。
「さぁ、姫さん。行きましょう」
「・・・む?あ、ああ。そうであるな....」
レオネルクは相変わらず本調子では無さそうなリベルテを半ば無理やり抱き抱えると、城門で待つリグレッドの方へ走り出す。
「あッ...燈和っ...!!」
一人取り残された氷戈は、小さくなっていく彼女の姿をボーッと見つめていた。
「・・・」
-燈和...じゃ無いのか...?でも、どう見たって....-
焦がれた再会によって催された興奮が漸く冷めやり、冷静さを取り戻しつつあった氷戈が次に抱いたのは明確なる違和感であった。
まず年齢が違う。髪の色も違う。話し方も、名前も、恐らくは歩んできた人生や記憶すらも燈和のそれ一致するものの方が少ないだろう。
しかし、そのようなことは些細な問題である。
氷戈が一番驚いていること_
_それは『この俺が赤の他人と燈和を間違えた』こと。
確かに髪型や顔の輪郭、端々から感じられる雰囲気は自身の記憶に焼き付いている幼い頃の燈和と重なっている。赤の他人とは思えないほどに。
だからと言って、それが燈和とリベルテを間違える理由にはなり得ない。なり得てはならないのである。
「・・・」
氷戈は逃げるように、自身の記憶を遡る。
他の何ものにも変えられない
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☆登場人物図鑑 No.12
・『リベルテ・ラ・リュミストリネ』
リュミストリネ所属/8歳/132cm/27kg/
真っ青な髪が特徴的なリュミストリネのお姫様。容姿が8歳当時の野崎 燈和と非常に似ているが因果関係は不明。
既に両親が他界しているため、幼いながら一生懸命に国政を担っている。好きなことは散歩と食事、リュミストリネの民、平等。苦手なものは紅茶やコーヒーなどの苦い飲み物、暑い日、争い。
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