第11話 百聞は一験にしかず

 地面に降ろして貰った氷戈は、目の前のリュミストリネ城を見上げて思わず感動の声を漏らした。


「うぁ....ちゃんと異世界だぁ....」


 氷戈達が居るのは城を取り囲む城壁を通過するための大きな門の前である。

 ここを通れば境内に出れるようだったが、当然のように扉は閉まっている。そのため、中の様子は確認できなかったが人の気配のようなものも感じない。周辺にも人影は見当たらない。


 一体どうやって中に入るのだろう?と思いリグレッドの顔色を伺うと、彼は真剣な表情を浮かべてリュミストリネ城を見据えていた。


「・・・?」


 氷戈はその表情の理由が気にならなかった訳では無いが、先にフィズが一歩前へ出て言った。


「扉、壊しテ良いかナ?非常時ダし....」


「・・・エエやろ、扉の一個や二個くらい。ボクらはお姫さん救いに行くんやで?大国の城門を合法的にぶっ壊せるまたとない機会、思い出作りにはピッタシや!!」


 リグレッドはまるで何事もなかったかのように話した。


「フむ.....ではッ!!」


 フィズは右の拳を握り締めると、そのまま流れるように城門を殴打した。


 ドッゴォォッンッ!!!


 軽く放ったように思えた拳でも、その威力が尋常で無かった事は目の前の城門を見ればよく理解できた。

 大国の、それも一番強固に作られているであろう城門に大穴を開けたフィズはそのまま境内へ抜けようと一歩を踏み出す。


「フィズ!!ちょっと待ちぃッ!!」

「おワっツ!?」


 リグレッド必死の呼びかけによってフィズは立ち止まったが、なぜ止められたのかまでは分かっていない様子だった。

 それはシルフィも同じようで、いきなり叫んだリグレッドに対して怪訝そうに聞く。


「びっくりしたなぁ....なんだってそんな大きな声出したのさ?失神しちゃうぞ?」


「忘れたんか?この先で姫さんを守っとるんはリュミストリネ最強の騎士、『レオネルク・ヴェルナパルテ』様ご本人なんやぞ?」


「それがどうしたって言うのさ?」


「レオネルク・ヴェルナパルテ....奴が最強と呼ばれる理由。素の剣捌きも勿論一級品なんやが、その最たるはやっぱし奴のカーマ留刃りゅうじん』に起因する」


「昨日、作戦会議の時に言ってたやつだよね?能力は確か『斬撃を宙に留めておける』、だっけ?」


「せや。そして『留刃これ』の最も恐ろしいところは、効果の及ぶ範囲がとんでもなく広いってことなんや。・・・実際、見たほうが早いな」


 いまいちピンときていない一行を見かねたリグレッドは、その辺に落ちていた石ころを拾って門の中へと投げ入れて見せた。

 すると__


 シャァァ.....


 石ころが境内の領域に入った瞬間、のだ。


「え....」


 風に吹かれていく石ころ産の砂塵を見ながら、氷戈は唖然とする。それはフィズやシルフィも同様であった。


「これが容易に入ったらアカン理由や。・・・レオネルクは『留刃』によって撒き散らした無数の斬撃を境内の空間いっぱいに張り巡らしとる、人呼んで『留刃結界りゅうじんけっかい』。このエゲツない防衛性能があるからこそ、リュミストリネの精鋭を一人残らず市民救助に向かわせる決断ができた訳やな。・・・ま、ヴィルはんやろうが.....」


「ん?逆手だって?」


 シルフィはリグレッドの言葉に疑問を呈する。


「『逆手に取ろうとした』って言うって事は『』、知ってるって事だよね?」


「あちゃ....そ、そっれはやなぁ...?」


 リグレッドは決まりが悪そうに戯けてみせた。

 これにシルフィがキレる。


「あくしろ」


「ひゃい....」


 縮こまったリグレッドは情けない返事をするも、直ぐに真剣な表情をして言った。


「実はな...さっきからリュミストリネ城内部にえんねや」


「は?何それ?」


「小さくてにくいんやが、これは『地繋ギスペクトの印』の....」


「ッ!!?それってつまり城内にスパイが居るって事!?」

「まじ...?」「ホう...!?」


 シルフィの言葉に氷戈とフィズは驚きの声を上げる。

 ところがリグレッドは冷静に返す。


「いんや...確かにその可能性は捨てきれんが、それならさっさと『地繋ギスペクト』を発動させて中にるお姫さんを攫えば良かっただけの話....。それに、幾らラヴァスティの連中でも城内にスパイを仕込むことは難しいはずや」


「それなら何で....」


 リグレッドの反論に納得したシルフィの言葉が途切れる。

 その代わりにフィズが続けた。


「そウしたら、思ったヨり城内ハ安全じゃあ無イって事ダね?」


「灯台下暗し、まさにこの事や。・・・今はこれを一刻も早くお姫さんとレオネルクに伝えなアカンっちゅうことや」


「でも....どうやって伝えるのさ?中に入ることすらままならないって言うのに」


 シルフィの至極真っ当な疑問に、リグレッドはどうしてか満を持した様子で言うのだった。


「・・・はて、ほんなら〜?・・・氷戈!!ちぃと耳貸しぃ!!」


「んえッ!!?」


 氷戈は驚き、息が詰まったような声を出す。

 それもそのはず。この先、自分の出れるような幕など微塵も無いと思っていたからである。


 氷戈は少し咳き込みながらも言われたがままにリグレッドの真隣へ移動し、耳を傾けた。


「え、ええっと....なんでしょうか.....?」


 笑顔なリグレッドは何か話すと見せかけ、たった一言。


「ほな!!」

 トンっ.....


 氷戈の背中を片手で軽く押したのである。


「あ」


 力無い声を出す氷戈。


 完全に気を抜いていた身体は、軽く押されただけでもその方向へ傾く。転んでしまわないようにと足を出し、反射的に踏ん張るのは当然の原理だった。


 例えその先が、であっても。


 -え....?何が...?-


 あまりに突然のことで、氷戈にあれこれ思考する猶予は無かった。

 真っ先に過ったのは、たった二つの単語だった。


『裏切り』。そして『死』。


 -ああ、俺の最期ってこんなもんなのか.....-


 そんなことを思いながら、氷戈は自分の足が門より向こうへ出た光景を


 スタっ....


「・・・え」

「「ッ!!?」」


 声を上げたのは、完全に死ぬ予定だった氷戈自身だった。

 これを見たフィズとシルフィは驚愕し、当のリグレッドはヘラヘラしながら言ったのだ。


「・・・どないしてん、そないに真っ青な顔して?」


「あ...え....?」


 何が何だか分からない氷戈だったが、事実として自分の半身が門を越え、『留刃結界』の領域に立ち入っているのは確かである。


 立ち尽くす氷戈に変わってフィズが真意を問うた。


「リ、リグ...?こレはイったい、どウいうことナんだい?」


「どういうも何も、ご覧の通りや。・・・氷戈なら、この『っちゅうことや」


「ッ!!そレってつマり....」

「これこそが、ヒョウカのカーマってことだね....」


 フィズとシルフィの言葉にリグレッドは指をパチンッと鳴らして答える。


「ビンゴっ!!ボクが『視た』とこ、その能力は『あらゆるカーマの常時無効化』と_」

「は"あ"ァッ!?」


 余程驚いたのか、シルフィは解説の最中にその整った顔立ちからはとても想像できないようなお下劣な声を出す。


「あらゆるカーマの無効化、それも常時だって!?・・・そんなのあり得るの...?」


「・・・実際、『留刃結界』はカーマの出力としては最高峰。ほんで虚をつかれた氷戈が自分のカーマを意図して発動しよる暇も無かったはず。・・・今自分が見とる、この光景こそが一番の証明や」


「む、むぅ」


 シルフィが押し黙ったところで、リグレッドは何事も無かったかのように氷戈へ話しかける。


「てな訳や。・・・頼むで、氷戈?」


「え.....ああ」


 リグレッドが自分を殺そうとした訳では無い事や自身の持つ力に関しても凡そ分かった氷戈だったが、ただ一つ納得のいかない事があったがために歯切れの悪い返事をした。


 当のリグレッドはこれを感じ取ったのか、軽い口調で尋ねてきた。


「何か、言いたいようやな?」


「・・・どうして、騙すようなことしたのさ....?」


 恐らく、それすらも見透かしていたのだろう。

 満を持した、それでいて至って純粋な声色でリグレッドは言う。


「ほな、もしボクが先に『自分は最強騎士のカーマをも無効に出来るすんごいカーマを持っとるからここで試してみて』言うてたら、それを素直に信じて行けたんかいな?」


「それは....」


「エエか?切羽詰まったこの状況、常に最善策を取り続けなアカン。・・・正直、自分を『留刃結界』の中にブチ込むだけなら、脅したり力づくでやったほうが手っ取り早かったのは確かや。何故それをせんかったのか....」


「・・・」


「単純なことや、それがから。・・・正しくは『リグレッドという人間への信頼を失墜させ切らずに、且つ手っ取り早く自身のカーマの能力について自覚させられる方法』がこれやったんや。・・・そしてボクはこのことを、自分ならば理解してくれると信じた」


「何言って....」


「まぁ要するに。・・・今ボクには、いや、『茈結ボクら』には自分が必要なんや、氷戈」


「ひつ...よう...?」


「そう。・・・もしこっから皆んなして生きて帰って来れた暁には、自分が元の世界に帰るまでの居場所を提供したる。せやから_」


 リグレッドは曇り無きまなこで言うのだった。


「_氷戈自分を信じて騙したボクのことを、今度は信じて着いて来て欲しいんや」


「・・・」

 -確かに、あのまま何を言われようが俺の足が門より前へ出ることは無かった。幾ら大丈夫だって言われようが、自ら『死』に向かっていく勇気なんて俺には無い。そんなこと、俺自身が一番良く分かってる。・・・それにだ、そもそも俺を殺す気なら最初から助けになんて入らなければ良かっただけの話だろう-


 氷戈は頭に『死』が過ったせいか、いつものような冷静な思考ができなくなっていたようだ。

 考えればすぐ分かるようなことだったのにも関わらず、頭ごなしにリグレッドを疑ってしまった氷戈は自責の念を抱いた。


 暫しの沈黙の末、氷戈は頭を下げて言った。


「・・・疑ってしまって、ごめんなさい。元よりリグレッドさん達が居なかったら俺はあの穿々電雷ビームで死んでたんだし、助けてもらった分はちゃんと働きたい....です」


 これを聞いたリグレッドはと言うと_


「・・・ナッハハハッ!!」


 愉快に笑い飛ばすのだった。

 思わず氷戈は驚きの声を漏らす。


「え....?」


「いや〜、すまんすまん....堪忍してや。・・・やっと敬語なおったと思たらそれやったんでなぁ?」


「・・・?」


「いやぁ、な?ボク、さん付けされるんとか敬語使われるんの苦手やから、初対面の人を取り敢えずキレさせてタメ口きぃて貰うっちゅうことをよくやるんよ?しっかし自分には効かへんなぁ、思てな?」


「・・・」


『そんなに面白いか?』や『カスみたいなコミュニケーションの取り方してるな』など思うことは多々あったが、とにかく自分が疑ってしまったことに対しては何とも思っていないようだったので胸を撫で下ろす。


 この件が一段落したところで、横から痺れを切らしたような咳払いが聞こえるのだった。


「コホンっ....君たちさ、状況分かってんの?」


 そう言ってこちらを睨んでいたのはシルフィだった。


「ん?・・・ああ、せやったな。・・・そんな訳やから、頼めるか?」


「・・・はい」


「うん、でエエねんそこは!!」


「う、うん....」


 半ば強引に言わせられた氷戈だったが、急がなければならないのも事実なようで。

 大地の揺れや聞こえる爆撃音は徐々に大きくなってきており、このままでは立っていられなくなるのも時間の問題だった。


 それとは対照的に、リグレッドがイマイチ本気でいているように見えないのは気のせいだろうか。


 氷戈はそんな疑問を抱えつつも、それこそ今考えることでは無いと割り切って足を前へ動かしたのだった。


 城に入るための扉へ向かって_


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 ☆登場人物図鑑 No.11

 ・『レオネルク・ヴェルナパルテ』 

 リュミストリネ所属/31歳/184cm/81kg/カーマ留刃りゅうじん


 リュミストリネ最強と謳われる姫の側近。そのくせして見た目と言動がとてもチャラい。好きなことは姫さんの世話と料理、稽古。苦手なものはラヴァスティの連中とノリの悪い奴、チェス。


 カーマ留刃りゅうじん』は『自身の放った斬撃をその場に留めておける』というもの。剣を一度振るだけで『斬撃による攻撃』と『留めた斬撃による罠』と、二段階の攻撃手段を仕掛けられる点が強力。斬撃という概念を留めるので基本的に視覚できない。

 カーマと結界術を組み合わせた複合式欲ふくごうしきよく留刃結界りゅうじんけっかい』は『留刃の有効範囲を結界範囲にまで拡張し、その中でなら留刃を無際限に適応できる』というぶっ壊れ。尚、発動の際に物体と接している斬撃は有効化されない。



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