家柄を超えた特異点

 マレスティナ王立学園。


 その入学式会場となる講堂には、まさに数え尽くせないほどの新入生が集まっていた。


 各地の貴族たちが集まっているのはもちろん、学業成績が抜きん出ていたり、剣術の才能が突き抜けていたり……。

 とにもかくにも、王国各地から有望な若者たちが集まってくるからな。


 卒業生たちは皆なんらかの分野で有名人になっているし、明るい将来を夢見る若者たちが大勢やってくるのも当然だろう。


 まあもちろん、入学するだけで人生勝ち組になれるわけでもないが……。

 それについては、後ほど嫌でもわからされるだろう。


「これでは、これより学園長の挨拶です。エイドス学園長、よろしくお願い致します」


「はいな」


 やや間抜けな返事とともに壇上に現れたのは、もう八十年は歳を重ねているであろう老人。

 今の返事もかなり声が掠れていたし、腰は痛々しいまでに折れ曲がっている。杖のおかげでなんとか歩けているようだが、あの様子では、一人で歩くことさえままならないだろう。


「おいおい、大丈夫なのかあの爺さん……」

「昔は著名な剣士だったっていうけどなぁ。さすがにもう引退したほうが良さそうだぞ」


 新入生たちも同様のことを考えたのか、そこかしこでヒソヒソ話が聞こえてくる。


「え~。し、新入生の皆さん。ゴホゴホ……」

 エイドス学園長は教壇の前に立つと、苦しそうに咳込みながらも言葉を紡ぐ。

「この度はマレスティナ王立学園のご入学、ま、誠におめでとうございます。ゴホゴホ……。当学園においては、生徒ひとりひとりがマレスティナ王立学園の生徒であるという自覚を持ち、常に正しい判断をすることが……」


 ふわ~あ、と新入生の一人が欠伸をする。

 前世の日本においても、校長の話ってやたら長かったしな。

 若干の気怠さが会場を支配していた。


 そして、次の瞬間。


「――ところで生徒の皆さんは、今、私のようなヨボヨボの老人が来て気を抜いたのではありませんか?」


 今まで間の抜けた講演をしていたのとは一転、エイドス学園長がかっと目を見開く。

 腰は相変わらず曲がったままだが、その風格たるや、まさしく凄腕の剣士そのものだった。


「毎年そうなのですよ。貴族たちが多いこの学園において……ぬるま湯に浸かってきたクソガキの、なんと多いことか」


「え……?」


 ざわざわ、ざわざわ、と。

 一転して流暢に喋り始めたエイドス学園長に、新入生たちが困惑の声をあげる。


「愚か! 実に愚かだ! この学園に入ったからには、過去の功績も、貴族としての地位さえも、なんら通用しないと思いなさい‼」


 バァァァァァァァァァァァァン‼ と。

 突如として、講堂の窓ガラスを突き破ってきた闖入者がいた。


 みな一様にマレスティナ王立学園の制服を着ているので、上級生たちであることは間違いないだろう。


 ひとつ問題を挙げるとすれば――彼らがみな、剣や槍などの武器を携えていることか。


「君たちがどんなに偉かろうが、成績は関係ない。五分間、上級生たちの猛攻に耐えてみなさい。その成績をもってクラス分けとする。以上‼」


「え、え……?」


 新入生たちが困惑している間にも、上級生たちは少しずつ彼らへにじり寄ってくる。


 あまりにも突然すぎる不意打ち。

 立往生するのも無理からぬことだろう。


 ――そして。


「いくぞ新入生ども! これがマレスティナ王立学園のクラス分け試験だ!」

「う、う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ‼」


 それぞれの武器を持って襲い掛かってきた上級生たちに、新入生たちは大きな悲鳴をあげるのだった。


 そう。

 俺も前世でゲームをやってきたからわかるが、これこそがマレスティナ王立学園だ。


 多くの有名人を輩出している学校ではあるものの、だからといって入学するだけで〝すべて良し〟とはならない。


 貴族も実績も関係ない、問答無用の実力主義社会。

 まあ細かいことを言うと、才能も家柄によるし、金があれば特訓に時間を費やすことができる。


 だから実力主義社会とは言いつつも、結局は爵位の高い貴族が幅を利かせているという皮肉な話なんだが――。

 とにもかくにも、この過酷な環境を耐え抜いた者だけが、栄えあるマレスティナ王立学園の卒業生となるのだ。


「ふふふ……はははははは……」


 だが俺にとって、この光景は心底ウェルカム。

 なぜならば――。


「筋トレの時間だ! 上級生の皆さん、胸をお借りしますよ‼」


 この自慢の筋肉を鍛え上げるためならば、もはやご褒美だからである。




★  ★  ★



 一方その頃。講堂の裏側では。


「あ……あの、学園長」

 今しがた講演を終えたエイドス学園長を、新米の教師が呼び止めた。

「ほ、本当に大丈夫なのですか……? あのなかには上流の貴族もいるのに、このような仕打ちを……」


「おお、そうか。君はこれを見るのが初めてじゃったな」


 現在エイドスがいるのは、講堂の二階にあたる部分。

 ここから生徒たちの戦いを眺めることができる。


 今まさに錯乱状態に陥っている新入生たちを見下ろしながら、エイドスは言葉を続ける。


「構わんさ。親御さんには事前に許可をもらっておる。自分の子どもを徹底的に鍛えてあげてほしいとな」


「な、なるほど……。すでに許可を取り付けてあるんですね」


「左様。この不安定な時代じゃ。きたる災厄に備え、我が子を鍛え上げたいと考えておるのじゃろう」


 まあそうは言っても、実際問題、ここカーネリア王国は貴族社会だ。

 貴族と平民の間にはどうしても壁ができてしまうし、爵位による上下関係も出来上がってしまうだろう。

 だから完全に〝立場は関係ない〟とはできないが、少なくとも成績に関しては、そういったしがらみを捨ててつけてあげたい。

 そういった願いをもとに設立されたのが、ここマレスティナ王立学園なのである。


 ……しかし現実問題、そううまくはいっていないのが本音ではあるが。


「とはいえ学園長。今年の新入生には〝あの方〟がいらっしゃいますから……この試験で最も優秀な成績を収めるのはその方になりますでしょうか」


「ふむ。まあ、そうなるじゃろうの」


 そう返答をしてから、エイドスはある一点に視線を向ける。


 その先にいるのは、第一王子シュナイレ・ロア・カーネリア。

 彼は剣と魔法を巧みに操りながら、襲い掛かる上級生たちを次から次へと蹴散らしていた。


「さすがは第一王子……。すでに多くの実力者から指導を受けている、といったところかの」


 昔から王家には魔術師としての血が流れており、古代より、その魔力を用いて国を発展に導いてきた。


 シュナイレ王子もその才能を継いでいるようだし――さらに剣についても造詣が深そうだ。


「なるほどのう。やはりこうなるか……」


 他の生徒たちを見渡してみても、フェミリア・リィ・リスティアーナを筆頭とする公爵家、および侯爵家たちが善戦を繰り広げている。


「いくら立場は関係ないと言っても、生まれた家柄によって、〝才能〟も〝研鑽に使える金額〟も変わってくる……。なんと皮肉なことか」


 だから実質的には、マレスティナ王立学園も貴族社会から逃れられてはいない。


 たまに少しだけ特異的な才能を発揮する者がいるくらいで、基本的には爵位順に成績がつけられている。

 もちろん、優秀な卒業生を輩出することが目的なので、これ自体はおかしなことではないのだが――。


「これで本当に、才ある若者を見つけられるのじゃろうか。ジャスマンよ……」


 ともに学園を創り上げた旧友の名を思い起こしながら、エイドスはぽつりと呟く。


 残された時間はそう多くない。

 今のうちに突出して有能な若者を見つけておきたいのに、これでは――。


「あれ、学園長。もう帰られるのですか?」


 踵を返したエイドスに、新米教師が声をかけてくる。


「ああ。だいたい結果は読めた。そろそろワシは……」


 

 ――ドォォォォォォォォォオオオオオン!



 エイドスが言いかけた瞬間、すさまじい轟音が響き渡り、思わず片目を細める。


「ぐ、ぐおっ……!」

「なんという力だ……!」

「わっはっはっは! もっと本気でかかってきてくださいよ、先輩方‼」


 轟音の発生地にいたのは、他の生徒たちと比べて筋骨隆々な新入生。


 なんとまわし蹴りだけで多くの上級生たちをダウンさせたのか、彼のまわりには数名の上級生が倒れている。


 ――いや。

 それだけではない。


「な、なんじゃあれは……!」


 よくよく見てみれば、その周辺にも大勢の上級生が気を失っているところだった。

 他の新入生たちが健闘している様子もないので、十中八九、彼が倒したのであろう。


 だがおかしい。

 彼はもちろん王族ではないし、公爵家や侯爵家とも違う。

 にもかかわらず、あれほどの実力を持っているとは。

 もしかすれば、彼こそが家柄をも無視した超特異点――?


「今すぐあの新入生の名を調べよ。すぐにじゃ!」


 気づいた時、エイドスはそう興奮気味に叫んでいるのだった。

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