それが貴族の礼節と言うのなら



「おまえらにもあるよな? 港町シーアンに紅龍ディアソルテを召喚したっていう引け目がよ」


 王子に向けて放たれた、あまりにも不躾ぶしつけな口調。


 本来であれば不敬罪で処されかねない言動だが、しかし俺にはどうしても、ここで我慢することはできなかった。


 レイナンの婚約者として。

 そして何よりも――一人の人間として。


「……ですわ」

 重苦しい沈黙ののち、最初に口を開いたのはフェミリアだった。

「あまりにも不敬ですわ! シュナイレ王子殿下に向かって、たかが伯爵家ごときが……」


「いや。いいんだよ」


「お、王子殿下……?」


 余裕そうにそう言ったシュナイレに、フェミリアが目を見開く。

 よくわからないが、彼女の頬が心なしか赤く染まっていた。


「よろしいのですか……? あのような傲慢な人間を、そのままにしておくなど……」


「構わないさ。あれしきで取り乱す僕ではないし――それに、見てわかるだろう? あのネストと名乗る人間は、貴族としての知能を持ち合わせていないんだ。まさしくゴリラにも等しい知性しかないから、貴族の礼節というものがわからないのさ」


「……シュ、シュナイレ殿下……」


「もちろん、それは婚約者も同じ。せっかく四大貴族として生まれたのに、ゴリラと婚約するしかなかったしがない女……。それで充分だろう」


「シュナイレ王子殿下……。なんと寛大なお方なんでしょう……!」

 姉の悪口を聞いて、フェミリアは恍惚の表情を浮かべる。

「お二人とも、寛大な王子殿下に感謝することですわね。もし殿下の虫の居所が悪ければ、あなたちは今頃、刑に処されていたはずですから」


「……すまん、ひとつだけいいか?」

 純粋な疑問が浮かんできたので、俺は無理やり話を元に戻す。

「――よくわからんのだが、なんであんたらは平気でレイナンの悪口を言えるんだ? 特にフェミリアは実の妹だろ? 家族が悪く言われて、なんでそんなに嬉しそうなんだ?」


「…………えっ」


「俺には〝知性〟がないんだろ? まあそれは否定しないが――教えてくれよ。家族の悪口を言われて嬉しくなるのは、いったいどういう〝知性〟なんだ?」


 俺なんて、さっき兄フィクスが侮辱されて怒りが込み上げてきたのにな。

 それを笑って済ませることができるのなら、ぜひその方法を教えてもらいたいもんだ。


「教えてくれよ。身内を馬鹿にされて喜ぶのが、貴族らしさってやつなのか?」


「いや、それは……」


「……ぷっ」

 急に押し黙ったフェミリアに対し、レイナンがこらえきれなかったかのように吹き出す。


「す、すまんレイナン。まさかまた変なこと口走ってたか?」


「いえ、今回ばかりはあなたの正論よ。疑いようもなくね」


「…………?」


 なんだ。

 よくわからないが、今回は間違っていなかったってことか。


「穏便に済ませるってことなら、早く講堂に行かないとまずいんじゃないかしら? もうそろそろ入学式も始まるでしょう」


「ぐっ……! なんであんたが仕切ってんのよ……!」


「あら? 何か言った?」


「ふん。なんでもありません」

 フェミリアは不満そうに眉根を寄せると、再びシュナイレ王子と腕を絡ませた。

「――行きましょう、王子殿下。こんな人たちといつまでもお話ししていたら、気がおかしくなってしまいそうですわ」


「ああ……。そうだね」

 興が削がれてしまったか、シュナイレ王子はつまらなそうにそう答える。

「ネスト君といったね。これからの学園生活――面白いことになりそうじゃないか。ぜひ今後とも遊んでおくれよ」



★  ★  ★



「はぁ……。疲れたわね」


 数分後。

 王子たちが講堂に向かったのを見届けてから、レイナンがぼそりとそう呟いた。


 状況を見守っていた新入生たちもぞろぞろと退散し始めているので、とりあえずは一件落着とみていいだろう。


「まだ入学式もやっていないのに、こんな波乱に巻き込まれるなんて……。予想はしてたけど、さすがに一筋縄ではいかなさそうね」


「そうだな。だが安心しろ。たとえなにがあっても、筋肉だけは――」


「はいはい、筋肉だけは裏切らないね。もう何十回も聞いてきたわよ」


 なんだろう。

 呆れていることには違いないんだが、今までと比べて、レイナンが心の底から笑ってくれているように感じた。


「ありがとう。あなたのおかげで、少しだけ気分がすっきりしたわ」


「……そうか。よくわからないが、おまえのためになったのなら何よりだ」


 そこでレイナンは数秒だけ押し黙ると。

 ゆっくりと、俺と距離を詰めてきた。


「それから――嬉しかったわ。あなただけは、私をしっかり守ろうとしてくれたこと」


「ああ。それはだって……」


「あなたが私を守ってくれるのは、お父さんに無理やり縁談を組まされたから? お兄さんに貴族らしく振る舞えと言われているから? それとも――」


 おい。

 おいおいおい。

 急にそんなふうに捲し立てられても、さすがに理解が追い付かないんだが。


「……ごめんなさい。そろそろ入学式が始まるんだったわね」

 レイナンもさすがに自重すべきと考えたか、くるりと身を翻した。

「一緒に行きましょう。マレスティナ王立学園――その入学式へ」

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