たとえ世界中が悪女を罵ったとしても、俺は――

 ひとまず事態は収束した。


 ジャベンニたちは気まずそうに帰っていったし、この学園には兵士たちも常駐しているようだからな。さすがに今すぐ拘束とまではいかないまでも、先ほどの違法薬物の騒ぎを聞きつけて、詳しい調査を開始すると言っていた。


 こうなってしまえば、さすがに彼らも満足な学園生活を送れないだろう。


 よしんば逮捕は免れたとしても、俺にやられたっていう不名誉がついてまわるわけだしな。何よりもプライドを重んじるジャベンニ侯爵家にとっては、この上ない屈辱だろう。


 ――そして。


「あの令嬢が、王子を毒殺しようとしたという……」

「しっ! それこそ噂に過ぎぬことだ、安易に口に出すな」

「しかし、あの大胆不敵っぷり……。噂は本当だったのでは?」

「リスティアーナ公爵家ともあろう者が、伯爵家との婚約だしな……」


 当然のことながら、観衆たちの関心はレイナンにも集まっている。


 ――婚約相手だったはずの第一王子を、彼女が毒殺しようとした。


 貴族でなくとも気になる話題だろうし、新入生たちの興味を惹くのはごく自然なことだろう。しかも当のレイナンはゲームに違わぬ〝悪女っぷり〟を発揮し、たったいまジャベンニたちを追い払ったのだから。


「…………」


 新入生たちの噂話を聞いてもなお、レイナンは表情ひとつ変えない。

 それどころか、くるりと身を翻すと、いつもと同じ声のトーンで言葉を紡ぐではないか。


「さあ、いきましょうネスト。入学式が始まってしまうわ」


「…………」


「? どうしたのネスト、早く……」


「……なぜだ」


 しかしこの事態を、俺は到底看過することができなかった。

 その場に立ち尽くしたまま、レイナンに向けて話しかける。


「あのまま俺がジャベンニを倒しておけば、それだけで丸く収まっただろう。なのになぜ――自分が悪女と呼ばれるリスクを背負ってまで、助け船を出してきた」


「はぁ。そんなことね」

 ふうとため息をつくレイナン。

「……ジャベンニ公爵家の厄介さはあなたも知ってるでしょ? 普通に殴っただけじゃ、それこそアルボレオ伯爵家が復讐されてしまう可能性があった。だからああやって、社会的に抹殺するしかないのよ」


 やっぱりそうだ。

 万が一にもアルボレオ伯爵家が危害を加えられないよう、彼女はあえて悪女として振る舞ったのだ。


 レイナンだって馬鹿ではない。

 さっきのような振る舞いが自分の評判を落とすことは事前にわかっていたはずだし、現に今、彼女は噂の的となっている。



――学園に入る前に、ひとつだけ約束して。他人を守るために、自分を犠牲にしすぎないこと。いい?――



 本当に……ふざけないでもらいたい。

 自分を犠牲にして他人を守ろうとしているのは、いったいどっちなんだか。


 今回の件で確信した。

 俺にはやはり、彼女を放っておくことなどできない。

 たとえ世界を敵にまわすことになろうとも、俺だけは彼女の味方であり続けなければならないだろう。


 彼女は悪女じゃない。

 むしろ常人とは到底比べ物にならないほど美しい人であると、そう思うから。




「――やぁやぁ、盛り上がっているようだねぇ。カーネリア王国の貴族諸君」




 と。

 どこからともなく妖しい声が響いてきて、俺は思わず眉をひそめた。

 どこかで聞いたことがある声だ。まさか……。


「っ…………」


 嫌な記憶が蘇ったのか、レイナンが下唇を噛む。


 瞬間、水色の光の軌跡が、はるか上空から彗星のごとき勢いでこちらに迫ってきた。それは速度を緩めることなく地面に落下し、周囲にけたたましい爆音を轟かせる。


「う、うわぁぁぁぁああああああ!」

「こ、今度はなんだ……⁉」


 新入生たちはすっかりパニックに陥っているようだが、俺はこの光景に見覚えがあった。


 このゲーム世界において、常人をはるかに超えた魔力を秘める者。王家に流れる血を存分に活用し、ありとあらゆる魔法を自在に操る天才児。


「あっはっは~♪ 久しぶりだねぇ、レイナン君。こうして会うのはいつぶりかなぁ?」


 カーネリア王国の第一王子、シュナイレ・ロア・カーネリアは、爽やかな笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。


「……久しぶりですね、王子殿下。普通に馬車で登校すればいいものを……その目立ちたがり屋気質もまた、相変わらずといったところですか」


「まあねぇ。ここは卑しい貴族クンたちに、格の違いってもんを見せつけてあげたいじゃあないか!」


「…………」


 にこやかに笑うシュナイレに、レイナンはあくまで淡々と応じる。


 ちなみにさっきの〝水色の光の軌跡〟は、言ってしまえば風属性の魔法だ。

 自分の身体を風に乗せることで、空中を移動してやってきたんだろう。


 まさに狂人と言う他ないが――シュナイレとはまさにこういう男だ。王族だが形式的な思考に捉われることなく、自分が面白いと感じたことを追及する。

 わかりやすく一言で表現すれば、破天荒という言葉が似合いだろうか。


「そして、きみが……。ネスト君っていったっけか」

 そのシュナイレ第一王子は、俺を見てニヤリと笑う。

「一か月前に、港町シーアンで龍が出現したっていう話を聞いたけど……どうかな? 領地に損害はない?」


「ええ、まったくの無傷です。思ったより弱い龍だったのかもしれませんね」


「へぇ。それは何よりだぁ」


 こいつ、口では笑っているけど、目は超絶ギラついてんな。


 あの紅龍ディアソルテをいったい誰が倒したのか、内心では探りたくてたまらないのだろう。




「――いけませんわ、王子殿下。お戯れはそのへんにしてくださいな」




 と。

 またしても妖しい声がどこからともなく響き渡り、新入生たちが驚きの声をあげた。


 すると今度はシュナイレの隣に巨大な魔法陣が出現し――その上に、とある人物が姿を現すではないか。


 毛先のあたりでカールされたボブヘアに、不自然なほどに膨らんだ涙袋に、くりっと丸い瞳。

 たしかに綺麗っちゃ綺麗なんだが、まるで男ウケを狙ったかのような外見だった。


 考えるまでもない。

 急に現れたその人物は――。


「そうは言ってもねぇ、フェミリア」

 新たな人物に対し、シュナイレがやや不満そうに唇を尖らせる。

「学園に入る経験なんて初めてなんだ。ちょっとくらいトキめいてもいいだろう?」


「うふふ……。いつまでも童心を持っているのは、たしかに素晴らしいことはありますけれど」


 フェミリア・リィ・リスティアーナ――。

 リスティアーナ公爵家の次女にして、レイナンの妹でもある少女が、そっとシュナイレと腕を絡ませた。


「フェ、フェミリア……⁉」

 思わぬ人物の登場に驚愕したのは、もちろん実の姉であるレイナンだ。

「あなた、まだ学園に入る歳じゃないでしょ⁉ どうしてこんなところに――」


「僕が許可したのさ。レイナン君」


「は…………!?」


「どこの誰かと違って、フェミリアは本当にできた人でねぇ。僕の思想を理解し、そのうえで僕に寄り添い、さらには天使のような美貌まで持ち合わせている! だから気づいたのさ! これこそが、真実の愛であるとね!」


 ……なるほどな。

 真実の愛っていうのはよくわからないが、要するに、王族という権力を使用したワガママだ。


 ゲーム本編では、こいつらはレイナンに即殺されていた。

 だから二人の悪役っぷりはあまりクローズアップされていなかったんだが――実のところは、こんなにもクズな連中だったってことか。


「おおおお……!」

「あのお方が、王子殿下の婚約者様ですか……。なんとお綺麗な……」

「それに比べて、あの二人はなんて野蛮な……」


 思わぬカップルの登場に、新入生たちは続々と拍手喝采をあげている。

 第一王子に媚を売る目的もあるだろうが――同じ婚約者である俺たちと比べて、明らかに扱いに差があった。


「うっふふふふ……♡」

 その拍手を浴びて、フェミリアが恍惚とした表情を浮かべる。

「わかりましたか、お姉様。私とあなたには、もうこんなにも差ができてしまった……。間違っても余計な気を起こさないようにしてくださいね、悪女さん♪」


「…………」


 表情にこそ出していないが、レイナンの顔が一瞬だけ曇った。


 やはり、心の奥底では悔しいんだろう。

 無実の汚名を着せられ、人生のどん底に叩き落されたことが。

 公爵家の使命を果たすために頑張ってきたのに、それが一瞬で崩されてしまったことが。




――学園に入る前に、ひとつだけ約束して。他人を守るために、自分を犠牲にしすぎないこと。いい?――

――どうした。いきなりなんでそんな――

――い・い・か・ら、約束して‼――



 ああ、王子を前にしてこんな発言・・・・・・をするのは馬鹿げているかもしれない。

 冷静に振り返れば、今は冷静になるべきかもしれない。


 それでも俺は決めたのだ。

 俺だけは絶対にレイナンを手放さないと。

 たとえ世界中を敵にまわそうとも、必ず彼女を守り切ってみせると。


「――そこまでにしておけよ、二人とも」

 だから俺は、臆することなく王子たちに向けて啖呵を切る。

「おまえらにもあるよな? 港町シーアンに紅龍ディアソルテを召喚したっていう引け目がよ」

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