第一王子の誤算



「……ぬぬ?」


 クラス試験が始まってから、もうどれくらい経っただろうか。

 上級生をも巻き込んだ筋トレタイムを満喫していたところ、さっきまでは大勢いたはずの上級生たちが、ものの見事に気絶してしまっていた。


 戦闘前は「伯爵家のゴミ」だの「上流貴族に喧嘩を売った馬鹿」だの、かなり威勢の良いことを言ってきたんだけどな。

 しかしその勢いも最初だけで、今はすべての上級生たちが地面に伏せている状態だった。


「あ、あの~。先輩方。これで終わりじゃないですよね? もっと熱くたぎる筋肉トレェニングを続けたいんですが‼」


「ぐぐ……がはっ」


 しかし上級生たちの反応と言えば、聞くに堪えない呻き声のみ。


 ……あれ? もしかして本当にこれで終わり?


「ち、ちょっとあなた、何やってんのよ‼」


 と。

 同じく魔法を用いて上級生を倒したレイナンが、俺のもとに走り寄ってきた。


「おおレイナンか! 見ての通り、至福の筋トレを楽しんでいたんだが……思ったほど早く終わってしまってな」


「そ、そりゃそうでしょ! あなた怪物みたいに強いのに、まさか自分の強さわかってないの⁉」


「ああ、わかってるさ。俺は新入生で、この方々は上級生。どうしたって俺のほうが弱いだろう、常識的に考えて!」


「あ、あんたって人は……」

 額に手をあて、レイナンがふうとため息をつく。

「ねえ、あんたみたいな人をなんて言うか知ってる? ノーキン――脳まで筋肉に犯された人間のことよ」


「お、おお……! それはなんとも嬉しい言葉だな!」


「褒めてないわよ……‼」


 とかなんとか言いつつも、背後から迫ってきた上級生をレイナンは返り討ちにしていた。


 さすがはゲーム上でのラスボスだよな。

 使っている魔法は、各属性の中でも無類の強さを誇る闇魔法。


 ここでは詳細な説明を省くが、相手の魔力を吸い込みつつ、自身の魔力に転換することができるんだよな。

 やはりラスボスならではの威力も誇っているし、彼女も間違いなく強いと思う。


「なんだ、レイナン。なんだかんだ言って、おまえも上級生たちを倒してるじゃないか」


「そ、そりゃ試験なんだから倒すでしょ! あんたのそれは〝強すぎ〟だって言ってんの!」


「むむむ……。そうなのか?」


 いくら前世でゲームをやっていたとはいえ、元が乙女ゲームである以上、激しいバトルが軸になっているわけではない。


 ゆえに強さ基準がいまいちわからないんだが――俺なんてしょせんモブ貴族だしな。

 そんなに強くなっているわけはないと思うんだが。


「あっはは♪ 相変わらず野蛮だねぇ、君たちは」


 そんな俺たちに向けて、皮肉めいた口調で話しかけてくる人物がいた。


 シュナイレ・ロア・カーネリア――。

 先ほど因縁をつけられた第一王子だ。


「いいかい、二人とも。貴族である君たちには、平民をしっかりと導いていく使命があるんだ。たしかに腕っぷしには自信があるようだけど、そんな粗暴なようじゃいけないよ」


「そうそう、王子殿下の言う通りですわ♡」

 王子に賛同する形で、同じく生き残っていた彼の婚約者――フェミリア・リィ・リスティアーナが醜悪な笑みを浮かべる。

「そんなふうに乱暴に倒し続けて……。これでは魔獣となんら変わりありませんわ♡」


「あっはっは、さすがにそれは可哀想だよフェミリア。せめて人に害がない動物……ゴリラくらいに留めてあげないと」


「あら、たしかに私としたことが言い過ぎましたわね。うふふふふふ♡」


 二人が訳わからん会話を繰り広げているが、そんなものは意に介さない。

 なぜならば、俺は今生にて筋肉を極めると誓った男。今さら他者評価ごときで、自分の道がブレることはない。


「――素晴らしい! まさか今の世に、君のような若者がいるとはの!」


 と。

 次に現れたのは、先ほど新入生たちを震え上がらせたエイドス学園長。


 さっきまで二階で試験の様子を窺っていた気配があったが、これで試験も終了ってことになるのか。


「ああ! あなたからも何か言ってやってください、学園長‼」

 強力な助っ人を得たとばかりに、シュナイレが演技じみた声を発する。

「強さとはすなわち、ただ腕を振るうだけではありません! 民衆をしっかりと導けるだけの美しさがなければ、到底国の将来を背負うことは――」


「素晴らしい! きみはたしかネスト・シア・アルボレオ君といったな! なんとも素晴らしい力を持っているではないか!」


「…………え」


 シュナイレ王子は学園長に向けて手を差し伸べていたが、それは華麗にスルーされ――。

 彼は視界に入ってないとばかりに、学園長は俺に向けて走り寄ってきたではないか。


「ちょっと学園長? 僕が誰だか、わからないわけではないでしょう? その男はただの伯爵で、僕は――」


「あまりにも強靭な肉体を手に入れたようじゃが、いったいどのように鍛えているんだね⁉ ワシに教えてくれないかの!」


 しかし学園長は興奮しているのか、やはり第一王子の言葉には気づかない。


 それどころか俺に筋肉の質問をしてくる始末。

 筋肉について聞かれたならば、俺も真剣に答えねばならないよな!


「ええ! それはもう毎日のように筋肉のことを考えておりまして、先ほどレイナンからはノーキンという誉め言葉をいただきました! 具体的には筋トレも大事ですが、筋肉増大するのは休んでいる期間なので、タンパク質が不足しないようにバランスの良い食事と睡眠時間の調整を行い、筋肉が最も喜んでくれるような日々を心がけています!」


「……ふむふむ、なるほど素晴らしい! 他には! 他には何かしているのかね⁉」


「ええ、もちろんですとも! さらに言えばその食事内容というのは――」


「……くっ」


 俺が学園長と話し込んでいる間、王子は恨めしそうにこちらを睨みつけてきたが……。

 あんな奴はどうでもいいので、気づかないフリをしておいた。


「ところでネストよ! まだ試験が終わったばかりじゃが、よろしければ学園長室へ来ないかね? いい話があるんじゃが」


「……む。それはもちろんいいんですが」

 俺は背後に立つレイナンに目を向けると、彼女の手を取って言った。

「よろしければ、彼女とも一緒に行きたいです。俺の大事な人ですからね!」


「ネ、ネスト……」


 こんな俺からの提案だが、もしかして嬉しいのだろうか。

 レイナンは特に拒否することもなく、目を大きく見開いていた。


「……そう。お姉様はそちら側・・・・にいくのね」


 その様子を見ていたフェミリアが、レイナンに向けて小声で呟く。


「勘違いしないで。私の心は王子にはない。最初からね」


「ふん。負け惜しみを……」


「そう。負け惜しみだと思うなら、勝手にそう思っておけばいいじゃない」

 レイナンはそう言うと、なんと俺の手を握り返してくるではないか。

「行きましょう、ネスト。筋肉について、学園長ともっと話したいんでしょう?」


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