筋肉一筋で生きてきた貴族の信念
それから数週間後。
勉強漬けだった毎日はようやく終わりを告げ、俺とレイナンは晴れて学園に入学することになった。まず間違いなく波乱続きの学園生活になるだろうが、今日まで鬼のように勉強しまくったのだ。少しくらいは実のある期間となることを祈っている。
そして――。
「すぅ……すぅ……」
学園への道すがら。兄によって手配された馬車内にて。
俺の真正面に座るレイナンは、窓際に頬杖をつき、すやすやと寝息を立てていた。
男を前にして無防備すぎないかとは思うが、少しは信頼してくれているってことだろうか。彼女にとっては、俺なんかまったく恋愛対象じゃないはずだからな。
――すみません。俺、もう少し勉強を続けたいと思います。せっかくの機会ですし、ここはお二人でお過ごしになってください――
あの時フィクスとレイナンを二人きりにさせてから、特にこれといった変化は起こらなかった。せっかくの機会に二人の仲が深まればと思ったのだが、全然そんなことはなく……。
むしろレイナンが少しだけ、俺に歩み寄ろうとしているように感じるのだ。
勉強以外に雑談する時間も増えたし、表情も少し柔和になっている。彼女から提案されて、港町を散策したこともあるほどだ。
にもかかわらず、兄とレイナンの関係が深まった気配はない。
……ええい、兄上の奴はいったい何をしているのだ。
こういう時に女性の心を掴むのが、イケメンの――否、兄の得意分野ではなかったのか。
少し思惑が狂わされたが、これならこれで仕方ない。俺たちは変わらず婚約者という関係のまま、学園へと向かう形となった。
「おっと……」
そんな思考を巡らせているうちに、窓の外から巨大な建物が見えてきた。
赤と白をベースにした横長の建築物を、同じく大きな塀が囲んでいる。中にはグラウンドや他施設が並んでいて、否が応でも、あれがどんな場所なのかが想起される。
そう。
マレスティナ王立学園。
カーネリア王国において屈指の名門校で、各地の有力貴族であったり、各方面にて結果を出した有名人が入ってきたりする。
俺もゲームをやり込んできたからわかるが、まさに入学するだけで人生勝ち組になれるような学校だ。学業において高いレベルを求められるのはもちろん、剣や魔法など、フィジカル面においても徹底的に鍛えられるから。
第一王子が入学してくる時点で、まあ普通の学園じゃないってことはわかるだろう。
このようなエリートたちが集ってくる場所ゆえに、伯爵家という権力はほとんど通用しないとみたほうがいい。むしろ俺もレイナンも悪評が広まりすぎているので、下手したら平民以下の扱いを受ける可能性がある。
だがまあ、今さらそんなものを気にしても仕方ないか。
――兄ちゃんを馬鹿にするな! 人の悪口で喜んでるのが貴族だったら、俺はそんなのになりたくない‼――
――貴族なんて大嫌いだ! 俺が兄ちゃんを守る‼ そんでもっと強くなる‼――
初めて貴族を殴ったあの日から、俺の腹は括れている。
たとえこの世界の常識が外れた〝生き方〟であろうとも、俺は、俺の信じる道を行く。
ただそれだけのことだ。
「着いたわね。ネスト」
と。
いつの間にうたた寝から目覚めたらしいレイナンが、ふいにそう声をかけてきた。
「なんだ。時間ぴったりのお目覚めだな、レイナン」
「当然よ。遊びに来てるんじゃないんだから」
「はっ。なんとも殊勝な心掛けだ」
数秒だけ流れる沈黙。
それを破ったのは彼女からだった。
「……学園に入る前に、ひとつだけ約束して。他人を守るために、自分を犠牲にしすぎないこと。いい?」
「む…………」
思わぬ提案に、俺は眉をひそめる。
「どうした。いきなりなんでそんな――」
「い・い・か・ら、約束して‼」
「あ、ああ……」
ものすごい剣幕に押され、俺は思わず頷いてしまう。
いきなり何を言い出すかと思えば、自分を犠牲にするなだと? なんで彼女がそんなことを言い出すんだか。
「うん。それならよし」
俺の言質を取ったことに満足したか、レイナンはしたり顔で頷くのだった。
それから数十分後。
馬車を降り立った俺たちは、無事に学園の地に足を踏み入れた。
一応はゲームの経験者なので、マレスティナ学園の情景はもう知っているんだけどな。しかしリアルで見る学園は、ゲームのそれと比べても迫力が段違い。
周囲の人通りの多さも含めて、まさに圧巻の光景だった。
「おい、あの二人って……」
「しっ、目を合わせるな! 関わってもロクなことがない」
「やばい二人が婚約してたって、マジだったのかよ……」
……まあ、やっぱりこうなるよな。
俺もレイナンも、悪い意味で有名になりすぎている。
最初からわかっていたことではあるが、陰口の恰好の的になっているな。
「行きましょう、ネスト。あんなものを気にする必要はないわ」
「ああ。それもそうだな」
レイナンに促され、俺たちは校舎のほうへと足を運ぶ。
……しかし、驚いたな。
うちに来たばかりのレイナンは、貴族としての在り方にこだわっていたのに。
それを〝あんなもの〟で一蹴するとは、彼女も色々と吹っ切れたのかもしれないな。
「ようよう、おまえら! 二人揃って経歴真っ黒なくせに、このマレスティナ学園に入れると思ってんのかぁ⁉」
と。
俺たちの道行く先で、三人の男たちが声をかけてきた。
しかも全員が剣を携えていて、曲がりなりにも剣の道に通じていることが窺える。
「聞いて驚け! 俺は栄えあるジャベンニ侯爵家の長男である! 剣聖オスマン様より指導を受け、はるかなる剣の高みに到達した!」
特に真ん中にいる男が一番偉いらしいな。
ジャベンニと名乗る男の発言に対し、両隣にいる新入生たちが深々と頷いている。
「…………はぁ」
出たよ。
小物臭漂う奴との、こういうイベント。
なんとな~くこうなる予感はしていたが、どうにかならないものかね。こんな奴と戦ったところで、勝っても負けてもメリットがない。早々に退散したいところなんだが。
「あ~、はいはい。すごいすごい」
なので俺はため息をつきつつ、再びレイナンとともに歩き出した。
「こんなところで戦わなくたって、また学園内で剣の練習をする時があるだろ。今は入学式に備えたほうがいいんじゃないか?」
「な、なんだって……⁉ だから俺は、そもそもおまえらと同じ空気を吸いたくないって……‼」
「そうかぁ。じゃあなるべく距離を取るようにするよ、バイバイ」
「ぐ、ぐぐぐぐぐ……!」
なんだか悔しそうに歯ぎしりするジャベンニ。
「ふん」
すると何を思ったか、急に醜悪な笑みを浮かべ始めた。
「それなら良いのだな。おまえの家族――アルボレオ伯爵家が今後どうなろうとも」
ぴくり、と。
思わぬ発言を聞き、俺は歩みを止める。
「たしか、おまえの兄はフィクスと言ったか。あいつの泣き虫っぷりは俺も聞いていたが、今も情けない声で泣くのかねぇ?」
「…………」
「それとも、そちらにいる
ビュウン! と。
さすがに看過できなくなった俺は、虚空に向けて高速で拳を突き出す。
それだけですさまじい衝撃波が発生し、それはジャベンニの頬を小さく掠めていった。
ドォォォォォォオオオオオン! と。
衝撃波の行く先にあった木が勢いよく倒れ、ジャベンニが目を丸くする。
「…………へ?」
「おい、カス野郎」
戸惑っているジャベンニに対し、俺は低い声を発した。
「――そこまで言ったからには、覚悟はできてるんだろうな?」
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