第9話 馬鹿にしないで

翌朝、帰省の許しを頂きに行くために皇帝の部屋の前の付き人に伝えた。

「皇帝は午後に公務から城に戻られますのでその時にまたお越しください。」

「分かったわ。」

そう言うとハンナとエクラはそのまま朝食に向かおうとした。

「おい、皇帝に会いたいとか図々しい事を言ってるぞあの醜悪女め。嘘ついて追い返してやったぞ。」

「今度来たらまた追い返そうぜ。」

ハンナは振り返った。付き人の姿は見えないが確かにあの皇帝の部屋の前に居た二人の声だった。

「どうされました?」

「いえ、何だか声が聞こえたのですが気のせいです。」

何か釈然としない中、食堂に入った。いつもは既に料理が並んでる時間なのにハンナの分は何も用意されていなかった。

「あの、朝食を頂きに来たのですがまだでしょうか?」

ハンナがメイドに聞くとメイドは冷たい顔で振り返った。

「食べるんですか?」

その言葉にハンナとエクラは絶句した。

「ちょっと!貴方!ハンナ妃に向かって失礼よ!」

エクラが直ぐにそのメイドを怒った。

「ハッ!ハンナ妃ですって。アンベス皇子に抱かれることもされないでお世継ぎも産めないのに笑わせないで欲しいわ。」

「何を言ってるのですか!?そんな話は噂に過ぎないわ!恥を知りなさい!」

エクラは顔を真っ赤にしてそのメイドを叱りつけた。


「噂などではないぞ。」

そこにコットとアンベスがタイミングを見計らったかの様に現れた。


ハンナには用意されてなかった朝食がコットとアンベスにはきちんと用意されていた。

「おい、ハンナお前も朝食が食べたいのか?ならばくれてやるぞ。」

アンベスはそう言うとメイドを呼んで何か伝えた。

「これはどういう事でしょうか?」

ハンナはアンベスを睨んだ。

「何がだ?お前の分の朝食は今用意させてるから待ってろ。」

アンベスは鼻でフッと笑った。

「先にいらしてたのに、私達が先に朝食を頂いてごめんなさね。」

コットが肩をきゅっとすくめて笑った。

「お持ち致しました。どうぞこちらにお掛けください。」

そう言うとメイドが椅子を引いてくれた。ハンナが座った瞬間、運んで来たボウルの様なお皿に入った残飯をハンナの頭の上からひっくり返した。

「ハンナ妃!貴方!なんて事を…」

止めようとしたエクラにメイドは熱々のスープを浴びせた。

「ギャアアアーーー!」

そのスープはかなり熱かったのだろう。エクラは凄い悲鳴を上げた。

「エクラ!」

エクラの傍にハンナは駆け寄った。余りの熱さに苦しんでいる。

「プッ!アハハハハハ!」

そこに居たメイドや執事、コック達は馬鹿にする様に笑った。ハンナは自分の汚れよりもエクラの容態を気にしている。

「直ぐに宮廷医を呼んで!」

ハンナはメイド達に訴えた。

「なんで皇族でもない人を宮廷医が見ないといけない訳?」

その反応は余りにも酷く腹が立った。

「どうせ、火傷しても大して変わらない容姿だろ。ほっとけ。」

アンベスが笑いながら言った。

「それよりハンナ、生ごみ臭いから外のドブ池で水浴びでもしてくれば?」

それに続きコットも馬鹿にして来た。ハンナは怒りの余り手が震えて身体中の血が沸騰した気持ちになった。

「ハンナ妃、私は大丈夫です。ハンナ妃にこんな事をして私は許せません。」

顔の半分以上が赤く焼け爛れている状況でもエクラはハンナの事を心配した。

「エクラ…」

ハンナは自分の無力さを恨み静かに立ち上がった。全身の血がジリジリと熱くなり何か言い知れぬ力が身体の中心部分の奥から染み出してきた。

「貴方達を絶対に許さない。」

ハンナはその場に居る一人一人の顔を見て言った。

「お前ごときが何を言うんだ。」

アンベスとコットは優雅に朝食のパンを食べている。周りに居るメイド達もヒソヒソと陰口を言いながらニヤニヤしていた。

「もう一度言う!貴方達を許さない!」

ハンナは声を張り上げた。その声は大きな波動になり近くにあったグラスや皿、花瓶などがグラグラと揺れた。それには流石に怖気づいたのかニヤニヤしている者は居なくなった。

「エクラ、今、助けるわ。」

そう言うとハンナはエクラの顔に手を当てた。ハンナの手から不思議な光がこぼれたかと思ったらエクラの顔は綺麗に治っていた。

「なっ…。」

それを見ていたアンベスが立ち上がった。

「あ、これ、私の口には会わなかったのでお返しするわ。」

ハンナはそう言うと自分の肩を手で肩を払う仕草をした。

「きゃああ!」

「うわああ!」

ハンナの身体に付いていた残飯が綺麗残らずアンベスとコットの方に飛んで行って二人の顔にべったりとくっ付いた。。

「このっ!無礼者!おいっ、ハンナを捉えろ!」

アンベスは顔をタコの様に真っ赤にして周りの者達に命令した。

「はっ、はい。」

アンベス皇子の命令には逆らえないがメイド達は怖気づいている。

「何をモタモタしてるの!?早くしなさいよ!!」

コットが声を荒げるとメイド達は操り人形の様に、エクラを抱きかかえているハンナを捕まえようとした。

「退きなさい。」

ハンナは落ち着いた声でメイド達に伝えた。

「コット様のご命令なの。大人しく言う事聞きなさい。」

多勢に無勢とばかりに強気にハンナへ責めて来た。

「退きなさい。」

もう一度だけ優しく伝えた。

「こっちは大勢いるんだから観念すれば?この醜悪女!」

「目障りなのよ。エクラもあんたも。死んでしまえ!」

メイド達が次々に暴言を浴びせた。ハンナはゆっくり目を閉じて細く長い息を吐いてすうっと吸った。


「退きなさい!!!」


その声は大きな振動となりハンナの目の前に居たメイド達を吹き飛ばした。周りのグラスや食器もその振動で割れた。吹き飛ばされたメイド達は皆、酷い怪我だ。頭から血を流すもの、腕がおかしな方向へ曲がっているもの、そこはまるで戦場の様だった。

周りの者が大騒ぎしている間に、ハンナとエクラは部屋へ戻った。想像もしてなかった展開にアンベスとコットは茫然とその様子を見ている事しか出来なかった。


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