第10話 ここから逃げるのよ!

「エクラ、大丈夫?」

ハンナはエクラの顔を冷たいタオルで冷やしていた。

「私は大丈夫です。ハンナ妃ありがとうございます。」

エクラがゆっくりと起き上がった。

「ハンナ妃、もしかするとこの力は不死鳥の力なのではないでしょうか?半信半疑ではありましたがこれで完全に立証されましたね。それにしても皆、一体どうしたのでしょうか。普段はあんな事なんて絶対にしないはずなのに。」

エクラは首を傾げて悔しそうに涙を浮かべた。

「ねえ、聖女コットはこの国の神殿から来た方なのですか?」

「いえ、違います。異国の方から皇帝が呼び寄せた……まさか……」

「そのまさかかもしれないわ。コットは何かの力を持っているわ。でもそれは神の力ではない気がするの。アンベスに伸びてる黒い糸や今日のメイド達の態度を考えてもコットは危険かもしれないわ。」

「はい。ハンナ妃の予想は合ってると思います。」

ハンナは心を落ち着かせる為に枕元に置いてある水を一口飲んだ。

「うっ!」

「ハンナ妃!どうされました?」

「この水、臭いが何だかおかしいわ。」

「ええ?私が用意した時は何も感じませんでした。」

そう言ってエクラも水の臭いをクンクンと嗅いでみた。

「ハンナ妃、やはり私には分かりません。」

ハンナはその水の入ったデキャンタを手に取りベランダの茂みに振りかけた。

―じゅうううううう―

草は水のかかった部分だけが枯れてしまった。

「いやあ!ハンナ妃!大変!」

エクラは顔面蒼白だ。

「ねえ、エクラ。落ち着いて聞いて。この城は危険よ。恐らくコットが何か裏でやってるわ。このままここに居たら私達の命を奪われる気がするの。」

「私も全く同感です。あの火傷もハンナ妃に治してもらえなかったら命の危険を感じました。」

「この城から一緒に逃げ出しましょう。とりあえず私の両親が住む家に行きましょう。」

「はい。分かりました。お供させてもらえて光栄です。」

「最低限の荷物だけ持って今夜、警備が手薄になった時間に出発よ。」

「かしこまりました。でも着る物がドレスしかございません。ドレスだと動きにくく危険です。今から買いに行っても間に合いませんしどうしましょう。」

「それは心配しないで当てがあるから。街に出てから洋服は購入しましょう。」

「はい。ハンナ妃、私とても怖いですがハンナ妃と一緒なら心強いです。」

「私もよ。必ずエクラの事は守るから。」



ハンナとエクラは夜になるのを待った。

「さあ、これを着て。」

ハンナはそう言ってエクラに服を渡した。

「ハンナ妃。この服って騎士団の服ではないですか。」

エクラが苦笑いしていた。

「そうよ。この前着た時とても動きやすかったから拝借してきたわ。」

「まあ、確かに動きやすいです。」

二人は服を着替えベットに人が寝ている様に見える細工をした。


みんな寝静まり城の中の物音が何もしなくなった時に昼間にシーツで作った梯子をベランダから垂らした。

「エクラ。私から先におりるわね。」

「はい、気を付けて。」

ハンナは慎重に一歩づつゆっくりと降りて行った。

「エクラ!来れそう?」

「はい!行きます!」

エクラもゆっくりゆっくりと降りて行った。

「お待たせしました。」

「じゃあ、今度はあの塀を超えないといけないわ。」

ハンナが指さした方には十メートル程もある塀が立ち塞がっていた。

「ええ!?ハンナ妃。あそこは無理ではないでしょうか?」

「そうよね。私にもっと力があれば良かったのだけどあの塀を超えるのは至難の業なのよね。」

「他に外に出れそうな所探しませんか?」

「そうね。慎重に探しましょう。」

ハンナとエクラはゆっくりゆっくり外に繋がる抜け道がないかチェックした。けれどかれこれ一時間程歩いても抜け道らしきものは見つからない。

「やはり塀を上るしかないのでしょうか。」

「そうね、このままだと朝になるわね。一応、裏門ももう一度見てみましょう。」

そう言って偶然に裏門が開いていないかを見に行った。そこはこれでもかと言う程に隙間なくきちんと閉まっていた。

「よし、一か八か押してみる!」

そう言ってハンナは門を押してみた。

「ダメ。びくともしない。」

ガッカリして諦めたその時だった。

「何してるんだ?お前たちは誰だ。」

背後から厳しい声で質問され、もう絶対絶命だ。もうどうにでもなれとヤケクソで振り向いた。

「え?ハンナ妃と侍女のエクラ様。」

そこに立っていたのはサーブル団長だった。

「なぜその様な格好をされてるのですか?」

「あ、あの。えっと、その……」

ハンナはパニックになってオロオロしてしまった。

「サーブル団長。ハンナ妃の生家から緊急のご連絡来てお父様が今、危篤状態なのです。明日まで待って皇帝に許しを頂いてたらもしかしたらお父様との死に目に逢えないかもしれないのです。なのでこんな形ですが急いで出発したくて。お許しくださいませ。」

エクラが深々と頭を下げた。ハンナも一緒にお辞儀したがこんな嘘など通用するはずないと覚悟を決めた。


「そんな事でしたら早く仰って頂けたらよかったのに。今、門を開けます。」

そう言うと腰についてる鍵で門を空けてくれた。二人は拍子抜けしてしまった。それと同時に素直で優しいサーブル団長に感謝すると同時に嘘をついた事に胸が少し痛んだ。

「では、行って参ります。」

ハンナがもう一度深くお辞儀をした。


「あの、私も付いて行きます。」


サーブル団長のその言葉に二人とも目が点になった。

「え?今何と?」

ハンナが聞き返した。

「私もハンナ妃について行きます。警護させてください。」

ハンナとエクラは笑顔のままで顔が固まった。

「いえ、サーブル団長が居ないと騎士団員が困りますわ。お気持ちだけ頂いておきます。」

ハンナがやんわりとお断りした。

「私はもう騎士団長ではありません。今日、庭師に配置換えを言い渡されました。

ハンナとエクラはその言葉に驚いて声が出なかった。

「なぜなのですか?貴方はあの騎士団の中では群を抜いて強いのに。」

ハンナはとても驚いた様子でサーブル団長に聞いた。

「急にアンベス皇子から言われたのです。」

サーブルは無表情で感情が読みにくい。

「急にって、そんな。何も心当たりはないの?これは重大な事なのよ。」

ハンナは少し責める様に聞いてしまった。

「心当たり…ないわけではないのですが。」

「何!?あれだけ剣術の優れた貴方をいきなり配置換えで庭師にする心当たりは何!?」

興奮と怒りが溢れて来て益々責める様な口調になった。

「コット様からの差し入れの高級クッキーを断わったからです。」

「へ?」

ハンナはその理由に絶句した。

「え、待ってください。そんな理由で?」

まだどこか疑ってる自分が居る。

「はい。恐らく。」

「そもそもなぜ貴方は断ったの?」

「はい。コット様の持ってこられたクッキーが腐っていたからです。」

サーブルはずっと真面目な顔のままだ。きっと嘘偽りはないだろう。

「腐ってたって食べてないのに分かったの?」

「はい。そのクッキーには黒いカビの様な物が付いてて、手に取ると黒い糸を引いてました。けれど他の者は何も気にすることなく美味しそうに食べていたのです。私も食べたふりをしていたら、何故かコット様に気付かれて凄い勢いで責められたのですが、どうしても食べる事が出来ませんでした。するとアンベス皇子が来られて“お前はこの国の聖女を大切にする事が出来ないのなら騎士団には要らない”と言われ庭師に移動になりました。」

「そんな…なんて勝手な事を…。え?クッキーに黒い糸?」

ハンナはピンと来た。城の従事者をあんな風に変えたのはそのクッキーだ。きっとそのクッキーに念を入れて皆に食べさせて操ったのだろう。

「サーブル団長食べなくて良かったと思うわ。きっと腐っていたのね。だってそれを食べたメイド達は様子がおかしかったわ。」

ハンナは苦笑いしながらエクラを見た。エクラも察していた。

「私はもう団長ではありませんが、ハンナ妃をお守りする義務は庭師になったとしてもあると思います。どうかお供させてください。」

「サーブル団長。いえ、サーブル。本当に付いて来たいのですか?まだ皇帝には伝えてな良いので、きっと血眼になって探しに来ると思います。それでも私の生家に行き、ある目標を遂行するまでは帰る事が出来ませんがそれでも本当によろしいのでしょうか?本当に私をお守りして下さるのですか?」

「はい。私は騎士団の為にずっと働いて来ました。それがなくなった今、私はハンナ妃をお守りすると言う任務を遂行するのみです。どうかお供させてください。」

サーブルはそう言うと右手を胸に当て膝まづいた。

「どうぞ顔を上げてください。私達も貴方がいてくれた方が心強いです。一緒に参りましょう。」

ハンナはサーブルの肩に手を乗せた。

「ありがとうございます。この私が命に代えてでもお二人をお守りします。」

サーブルはそう言うと笑顔を見せた。その顔は綺麗で純粋だった。

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