妊娠

うに豆腐

第1話


「私、妊娠したんだ」


 仕事から帰り、家でゆっくりしていると隣でそう腹を優しく摩りながら、落ち着いた口調で僕に囁きかけた。

 食事終わりの夜のリビング、さて寝ようかと寝室に行こうとした所への発言。眠気なんて吹っ飛ぶぐらい、微笑む彼女の姿に疑問を抱き、つい驚いて、口に出てしまった。


「えっ?」


 咄嗟に言ってしまった事ですかさず、戸惑う風に、怒った様に返してくる。


「えっ? て、あなたの子供なんだよ?」


 普通は嬉しいと思うのかもしれない。けど、僕にとっては喜ぶべき出来事では無かったのだ。

 彼女は僕一筋だ。僕も彼女一筋なんだ。清楚で貞淑、浮気する様な人では無いと心の中では、結婚した後も変わらない愛を捧げてくれている彼女の献身を見ている……近くにいる自分が一番わかっているのだ。けれど、今回ばかりは嘘にしか思えなかった。


「あの、わかってる?」


 彼女は笑顔のまま、返す。


「何を?」


「知ってるよな、前にも言ったから」


 最近はずっと家にいて、料理を作ってくれていたのを思い出す。浮気なんて決してあり得ないんだ。だからこそ、何故なのかを必死で僕は考えているのだが、どこにも無く、思いつきなんてしなかった。


「うん、もちろん」


「じゃあ何で?」


「何でって、愛し合ったからでしょ?」


 それは間違いない事実である。実際、僕と彼女は床についてやる事はやっていたし、出来る可能性は十二分にあった。が、いずれにせよあり得ない事実なのだ。


「証拠はあるのか?」


「あるよ? ほら、レントゲン」

「昨日ね、産婦人科行って撮ってきたの。すくすくと育ってるってさ」


 差し出した写真には、嘘偽りのない赤子の姿。


「本物、なのか」


「ええ? なんで? あなたと私の子だよ?」

「本気で言ってる?」


「だからこそ、あり得ないんだって」


「じゃあ、何なの?」


「だって俺……」

「無精子症だから」


「だから、知ってるよ?」


「じゃ、じゃあ一体」


 ──誰の子、なんだ?

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