第3話 不穏な揺らぎ

ディナーを終えた私たちは、最後尾にあるという展望車を目指して、静かな廊下を歩いていた。

食後のコーヒーを楽しむ乗客たちの、穏やかな談笑が壁の向こうから聞こえてくる。

しかし、その平和な空気は、角から現れた一人の男性によって断ち切られた。


「——君たち、高校生だな。もう自室に戻る時間だ」


鋭い声だった。

胸に「警備主任 長谷部」と書かれたネームプレートをつけた、いかにも堅物そうな男性だ。

その威圧的な視線に、航汰がたじろぐのが分かった。

「すみません、すぐに戻ります」

私が頭を下げると、長谷部さんは「安全のためだ」と短く告げて、私たちとは逆の方向へ巡回に戻っていった。


その直後だった。

ガクン、と不意に大きな衝撃が走り、列車全体が大きく揺れた。

短い悲鳴がいくつか上がる。私はとっさに壁に手をついた。

「な、なんだ今の?」

航汰が目を見開く。

緊急停車、というほどではない。

ほんの数秒の、しかし心臓を掴まれるような強い揺らぎだった。

乗客が何事かと顔を出す中、私の目は、廊下の少し先でよろめいた二人の男を捉えていた。

確か、ASTRA社の元役員・倉科さんと、弁護士の小田切さんだ。

倉科さんのポケットから、何か金属製の小さなもの——USBメモリだろうか——が滑り落ち、彼は慌ててそれを拾い上げると、小田切さんと意味ありげな視線を交わした。

ほんの一瞬の出来事だったが、その二人の間に流れた焦りは、ただ列車が揺れたことに対するものだけではないように思えた。


気を取り直して歩き出すと、7号室、つまり安藤夫妻の部屋の前で、客室係の新田さんが食事のワゴンを下げているところだった。

お皿の上には、ほとんど手つかずの料理が悲しげに残されている。

「安藤さんの旦那さん、大丈夫ですか?」

私が尋ねると、新田さんは困ったように眉を下げた。

「ええ、それが…。食欲が全くないようでして。奥様も、とても心配されていました」


展望車にたどり着いた時、窓の外は完全な闇に支配されていた。都会の光はとうに消え去り、自分たちが文明から切り離された空間を走っているのだと実感させられる。


自室のベッドに入っても、私はなかなか寝付けなかった。

長谷部さんの厳しい視線。

倉科さんと小田切さんの間に走った緊張。

そして、一口も食べられなかったという、姿を見せない安藤氏。

ばらばらに散らばったパズルのピース。

けれど、そのどれもが奇妙に鋭く、一つの悪意に満ちた絵を形作ろうとしている。

そんな気がして、莉子は浅い眠りへと落ちていった。

北へ向かう列車の、重い振動だけが子守唄だった。

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