第2話 仮面のディナー
食堂車「プレアデス」は、さながら走る宝石箱だった。
天井には星空を模した無数の小灯が瞬き、テーブルには寸分の狂いなく磨かれた銀食器が並んでいる。
航汰がメニューを前に「俺、フォークとナイフの使い方、合ってるか?」と小声で聞いてくるのを、私は微笑ましく思いながら聞き流した。
「ごゆっくりどうぞ。本日のメインは北海道産仔牛のロティでございます」
柔らかな物腰で説明してくれたのは、若い客室係の新田さんと名乗る男性だった。
その人懐っこい笑顔は、この重厚な空間で唯一、私たち高校生が気兼ねなく話せる相手だと感じさせた。
食事が始まると、私は自然と周囲に視線を巡らせていた。
ミステリー小説の登場人物紹介のページをめくるように、一人一人の乗客を観察する。
私たちの斜め前のテーブルでは、昼間ラウンジにいたIT社長の鷲尾岳と、ジャーナリストの菊池恭平が向かい合っていた。
二人の間には、最高級の料理が並んでいるとは思えないほど、冷え冷えとした空気が流れている。
「菊池さんの記事は、いつも切れ味がいい。我々の業界も、おかげで随分と活性化されましたよ」
鷲尾が口元だけで笑いながら言うと、菊池は顔色一つ変えずに答えた。
「事実を書くまでです、鷲尾社長。真実は、時として刃物より鋭いものですから」
言葉のナイフが、テーブルの上で見えない火花を散らしている。
その時、ふと視線を感じて顔を上げると、例の帽子の夫人と目があった。
彼女は一人でテーブルについており、料理にはほとんど手をつけていない。
私たちの視線に気づくと、彼女は怯えたように再び顔を伏せてしまった。
「あ、あちらの安藤様ですが、旦那様が少しお部屋でお休みになるとのことで、奥様お一人でお食事を」
察したように、新田さんがそっと耳打ちしてくれた。
そうか、安藤さんというのか。
しかし、それにしても様子がおかしい。
彼女はただ内気なだけではない。
何かに怯え、警戒している。
まるで、この列車の誰かから身を隠しているかのように。
航汰は絶品の仔牛肉に夢中になっているが、私の胸には、新たな疑問の染みが一つ、また一つと広がっていくのを感じていた。
豪華なディナーは、まるで仮面舞踏会のようだった。
誰もがにこやかな紳士淑女の仮面をつけ、その下にある本心を隠している。
探り合うような視線、意味ありげな沈黙。
この列車に乗っているのは、偶然乗り合わせた乗客などではない。
……見えない悪意の糸で結ばれた、一つの集団なのだ。
部屋に戻る長い廊下を歩きながら、私は確信に近い予感を覚えていた。
この旅は、ただの豪華旅行では終わらない。何かが、起ころうとしている。
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