第2話 激動感情
「さぁ、ぶちのめすぞ」
そう言われている間に、大地を蹴り上げたパラサイターは飛び上がって、横に裂かれた大きな口を開いて僕に飛び掛かる。その姿は、僕が今まで見てきた光景の中で最も恐ろしい。人が食われるよりも、襲われそうになることよりも。あの大きな口に飲み込まれてしまったら僕は死ぬよりももっと恐ろしいことが起こりそうな予感がした。あいつの口の中は宇宙のようだ、どこまでも暗く深く、終わりがないように見える。
「ひ…」
僕は情けない声を出して、顔を隠すように身を守った。実際には身を守る体制では全くないのだが、これまで格闘経験なんて皆無の僕にはそれが精一杯の防御だった。
こんな装甲を纏っていてもなにか自信が湧いてくるわけでもなんでもなく、恐ろしさと、困惑が混ざっておかしくなりそうだ。僕は今どこに立ってるんだ?
アイツと僕との距離がどんどん近づいた時、灰色の透けた壁のようななにが僕の目の前に現れた。アイツはそれに衝突して地面に倒れた。すぐに起き上がるとその鋭利な爪で目の前にある壁を壊そうと、突いたり掻いたり暴れた。
「なんだ…?」
「どう見たってバリアだろ。説明は後でしてやるから、まずはその1匹をやっちまえ」
「やっちまえって、空中層にある小型ミサイルが効かないやつなんだぞ!」
「だーから、今のお前なら勝てんだって。わかんないやつだな」
どう言われても僕は攻撃する気が起きず、目の前に展開されているバリアに守られながら、動かずにいる。幸いバリアが割れる様子も、閉じる様子もない。
「なぁ〜じれってぇって…俺別にAIとかじゃないからな?お前友達のゲーム見てる時にずっとバリア貼って動かないやつの画面見て楽しいと思うか?」
「うるさい…!大体、このバリアがずっとあるんじゃ攻撃もできないだろ」
「解こうと思えば解けるし、解除って言っても解ける」
「絶対解除しないからな…」
「あ、お前」
「うわ!」
展開されているバリアが消えて暴れていたやつが僕を食おうと口を開けて飛びついたところをギリギリで両手を抑えることに成功した。ほとんど胴体を半分開いてるに近いような形相は、もはやこの世のものとは思えない異形だ。
「こ…こいつ…!」
暴れているから抑えるのは難しいが、力はそれほどでもない、幼稚園児が暴れているのを鎮めているような感じだ。
「くっそ…」
僕はそのまま暴れてるコイツを下にするように自分ごと地面に倒した。馬乗りになった。なったからどうする?まだ解決してない、ただ上に乗っているだけだ。
僕はコイツの頭を…頭と言っていいのかわからないが上部に手を置いて…
そのまま潰した。僕の掌が五つ分くらいの頭だ、潰したというより、貫いたに近い。僕に掴みかかってきたコイツは、もう動かなくなった。虫を殺すのと、全く違う。
まるで人を殺したみたいな、重みを感じる。僕は初めて、恐怖を抱いていた相手を殺した。
「はぁ…はぁ…今、僕は…」
「なかなかエグい殺し方するんだねお前。パンチとかだと思った」
リッカは珍しいものでも見たかのような声色で冷静に話している一方で生物を殺したことによる命の重みが、僕の手に、責任として乗っかっている。そんな感じがした。
装甲を纏っているから自分が今どんな手をしているのか見えないけど、震えているのがわかる。圧倒的なパワーに武者震いしているのか、ただただ命という責任の重さに僕が耐えきれていないのか、僕にはわからなかった。
「さっき展開されたバリア、あれは機能の一つだ」
「…結構普通だね」
「別にそれが主体じゃない。バリアは枝分かれした機能の中の一つに過ぎない」
「へぇ」
「T・Eシステムは人間の感情をエネルギーに変換するシステム。いちいちフルネームで特定戦術装着型兵器T・Eって言うの面倒だからこれからT・Eだけで言うけど、T・EはT・Eシステムを搭載した新たな装着型兵器だ」
T・EだのT・Eシステムだの紛らわしいな。
「感情を?」
「そ。装着者の感情を解析・変換してT・Eの機能と装着者の身体能力を向上させる。まぁチョー簡単に言うとキレたらパワーとかが上がんの」
「なにそのふわっとした説明」
「ちょっと資料どこ置いたか忘れたから詳しいのは今度話すわ、悪かったな開発者がこんなんで」
開発者?今開発者って言った?このT・Eを作ったのは、遠隔でどこかの部屋から喋りかけている、この人なのか。
「あんたが、T・Eを…」
「そうだ。俺はACOTの装着型兵器と、
その声にはどこか、自信気で言葉の重みを感じた。僕が会話しているリッカという男。さっきまで何者なのか全くわからなかったけど、僕が思った以上にすごい役を担っている人間なのかもしれない。
「俺がどういう人間かは置いておけ、今は───」
瞬間、地面が大きくぐらついた。立っているのが難しいくらいの揺れで、僕は体勢を崩しそうになった。着てるやつのおかげなのかわからないけど、倒れまではしなかった。
「おいおいなんだなんだ?」
「またあいつらが…?」
「いや、パラサイターは付近にいるが、少なくともお前のすぐ近くにはいないはずだ…」
さっき感じた空気の揺れじゃなくて、ただただ地面が揺れている。衝撃を感じているような揺れ方だ。何かがぶつけられているような。
「これ爆発かよ!アイラ!!そこから離れろ!」
「離れろって───」
って言ったってどうすればいいんだと言おうとした。リッカの言った通り、爆発だとすぐわかった。僕が踏んでいた地面が、大きく割れて、遥か下にある地上層のビルたちが見えたからだ。
僕はこれから、空中層ごと地上層へそのまま落下する。
「さ…すがに…これ…」
「やったのはACOTか!バカどもがよ!!」
ものすごい速度で落下しているのが装甲越しからでもわかる。空気の冷たさなんてものは感じないけど、押し返されるような空気の抵抗が伝わってくる。
どうする?
生まれてきたのはそんな些細だけどもとても重要な問題だ、さっきパラサイターを一体倒せたおかげである程度落ち着いて、これで助かると思ってたのに最後はこんな理不尽で終わるのか?
ふざけないでくれ。
「層ごとパラサイターどもを落として地上層で一掃するつもりなんだな!被害とか考えらんないのかあいつらは!!」
僕の考えとは別にリッカはACOTについての罵詈雑言を飛ばしている。この人はいいな、どこかの部屋でぬくぬくしながら僕の状況を冷静に見れるんだから。
「あったまきた…おいアイラ!ACOTが到着する前に俺らでこの辺にいるやつは片付けるぞ!」
「はぁ?なに言ってんだよ!今落ちてるのわかるだろ!!ここで終わりだよ!お疲れ様でした!!!!!」
地上まではまだまだ距離があるけど、これにぶつかってぐちゃぐちゃになるまでさほど時間はかからない。想像がつく、僕の体が原型を留めないほどに砕かれた野菜のようになることを。
「この程度の高さから落ちたくらいじゃ死なねえよ」
「T・Eはカルマにも対抗できるように作ったものだ。そんな簡単に死ぬ設計にはなってない」
「死なない…?」
「そう。お前は死なない。大丈夫だから、落ち着いて着地しろ」
「そうか…」
機械的な音声だし、落ちている状況にはなにも変わらない。それなのに僕は少し諭されただけでひどく落ち着いた。ああ、視界はクリアだ。さっきまで見えていた白いモヤのようなものもなければ、息苦しさもない。あとは地面にぶつかるだけか。
とたん、灰色に発光していたラインが緑色に変わった。
一般的なビルくらいの高さまで落ちた、ビルで囲まれた公園のようなところに僕は落ちるようだ。人が少ない。いや、僕が見える範囲では全く人がいない。僕の隣にはコアタワーがある。それなのにここまで人がいないのか。ビルでも囲われてるから光も届きにくい、妙に暗い場所だ。
地面が僕に近づく。いや、僕が近づいてる。
目と鼻が暗くなった瞬間、衝撃となにかが爆発したような、でも周囲にはあまり響かない鈍い音が鳴った。それは僕の影響だ。地面はヒビが割れ、粉になったアスファルトがどこまで突き抜けたかわからないヒビの奥まで吸い込まれていった。
衝撃だったことは、痛みをほとんど感じなかったこと。地上層と空中層までは大きな山二つ分くらい離れているのに、街で体格が大きい人にぶつかったくらいの衝撃だった。全身に、少しだけ痺れを感じる程度、ただそれだけだった。
僕は手のひらを握ったり開いたりして、それらしく自分の体の無事を確めた。太陽光と一緒に、緑色のラインが輝いてる。
僕が落ちたってことは、近くにいたパラサイターも一緒に落ちたってことだ。ほら、どこかの陰から何体も出てきた。あいつらも落ちてきて死んでないのか。今は僕しかあいつらを殺せないだろ。
「いいさ。やってやる」
「お!なんかそれっぽくなったな!」
戦闘は素人だけど、それらしく左手を前にして右手を頭の横ぐらいに置いて構えた。僕がいつかに見た、アニメの中の勇者のように…
「多分お前がしてる構え剣持ってるやつがするやつだぞ」
「…」
構えを直して適当に作った構えで僕は挑もうと思った。
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