第1話 復活と崩壊は突然に
横になって電子版をいじっていたら、政府から新技術の発表があると通知が来た。新技術とはなんだろうか、そういう発表は久しぶりだ。第二次パラサイター災害から5年、ジパンリバティは昔のように活動を再開した。しかし、カルマの影響はまだ色濃い。コアタワーはそこまで損傷はなかったけど、都市の特色である最新技術は昔よりも遅れをとってしまっている。
それはそれとして、生活が豊かになるのは嬉しいことだ。この類の発表は主に移動系統のものが多い。空を飛ぶ車ができたとか、バイクが車になるとか、そんなんだろう。僕は最近全くと言っていいほど外に出ないから、もう新技術とか関係ない生活だから割とどうでもよくはあるけど…
「発表は空中層か…」
本当に珍しいな、人口が多いのは地上層だから、そういう発表は毎回地上層でやっていた。となると、空中層に住む僕にも嬉しいものかな。それはちょっと気になるな。
「眩し…」
カーテンを開けると、鋭い光が僕を刺した。1ヶ月ぶりくらいに太陽光を浴びた気がする。電気の光じゃ感じることはできない眼球の痛みがある、涙が出てきてしまいそうだ。5年ぶりの発表だ、外はすでに騒がしさが含まれている。
着替えないと。タンスの中には服が詰めてある、上段は綺麗。その下の段は酷い有様だ。上の段は外服…下は普段着。帰ったら綺麗にしておこう。大体のことは家事AIのミーユに任せているけど衣類に関しては自分でやっている。
髪は、別にいいかなんでも。そんなにひどくないし。
「ミーユ、玄関閉めといて」
「かしこまりました。お出かけになられるのですか?」
「うん。多分すぐ帰るよ」
「かしこまりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしております」
暗い部屋で作業しているミーユの長い髪はいつもよりも暗く、黒い。それでいて光沢があった。あの髪は人工毛らしいけど、僕の髪と違いがわからない。それどころか、ケアを全くしていない僕の髪よりも綺麗だ。僕も元の髪には自信があるんだけどな、白色だし。
頭を下げているミーユをドアで隠して、歩きながら首を動かしてみる。
外れの方から車で移動してきている人も多いようで、道路は渋滞が起こっている。これは歩きでよかった。
発表会はコアタワーの方か、観客でごった返しそうだ。
「ほんと、相変わらず大きいな」
地上層の中心から垂直に伸びているのが、ジパンリバティで一番大きな建造物『コアタワー』都市のエネルギー源だ。他の支えがなくてもこれが柱になっているんだから不思議だなといつも思っている。なにやら磁気の力を使っているらしい。
会場は屋外。間に合わせのような感じだが、急いでいたのだろうか。
それにしてもすごい人だ、誰も何を発表されるのかわかっていないだろうに。自分にとって嬉しくないものだったらすぐ帰ってしまいそうだ。
「発表会に参加する方はお名前をお教えていただけますか」
受付のロボットに言われた。
「木道 アイラです」
僕の名前は木道 アイラ。19歳、空中層に住んでいるただの男だ。
「開演は10分後となっております。申し訳ありませんが、現在お席がすべて埋まっておりまして、立ってご覧いただく形になります。」
まぁさすがにこれだけ人がいればな。座っている人は一般客の他にマスコミもいる。大きいカメラだ、そんな今世最大の発表のように扱わなくても良いだろと思ってしまう。5年以上ぶりの発表、誰もが待ち焦がれていたというわけか。
個人的には家電が増えたら嬉しいなと思う。ミーユも喜ぶはずだ。
「第二次パラサイター災害から5年、対凶悪生物特別作戦班ACOTが発足されてからは6年の月日が流れました」
第一次パラサイター災害が起きた後に発足した、パラサイターに対抗するための遊撃部隊だったっけ。久しぶりに聞いた。
「第一次災害が起こったとき。我々はただ、祈ることしかできませんでした。破壊されていく街、食い殺される人々…」
僕は第一次も第二次も空中層にいたから直接的な被害はなかった。地上層の機能が著しく損なわれた時は大変だったけど。空中層の認識は遠くで起きた災害のようなもの、自分ごとのように悲しむ人もいるし地上層に家族がいた人もいる。ただ大半は他人事だ。僕も、その一人の中にいる。
防災訓練の中にパラサイター災害の項目が追加されたのはすぐだった。現場にいなくても理解できるのは、それが起きた時には助けを待つ以外にする行動にほとんど意味がないってこと。普通の武器が効かないんだったら、僕らがどれだけ抵抗しても無意味だ。
ていうか、新技術の発表にしては重っ苦しい入りだな…空いた理由が理由だから別に不自然っていうわけじゃないけど。
話しているのは金髪の白衣を着た男性だ。年齢は中年より少し若いくらいだろうか。
「第一次災害から、我々はパラサイターに対抗するための兵器を数多く発明してきました。ACOTも発足され、第二次災害は被害を最小限に抑えることができたのです」
白衣の男は後ろにある大きなモニターにリストを映した。
「現在、ACOTの一般班員が基本的に装着しているのはこの
よくテレビで見るヒーローものの変身スーツみたいだ。戦闘で使えるのかは置いておいて、見ためはかっこいいな。
「ACOTの中で最も戦力価値が高い特A級の班員には、
…今回は新技術の発表だったはず、なんだかおかしいぞ。ただ新技術の発表をするだけでACOTの内部構造まで話す必要はないはずだ。この発表会は普通の発表会じゃない。
白衣の男が丁寧に包まれている白いケースから取り出したのは、ブレスレットのようなもの。黒を基調にして、オレンジのラインがところどころに流れている。
多分、あれが新技術だ。
「今回発表する新技術は、
ようやく主題に入ったと思ったら、やっぱりそうか。なんか変だなと思った。これは新兵器の発表か。
マスコミはすごい勢いでシャッターを切っている。その一方で一般観客は口を開いたままだ。当たり前だ、何気なく聞きにきた発表会がまさか兵器の発表会だったなんて誰も思わないだろう。
別に僕自身は悪いと思っているわけじゃない。そのT・Eとやらを否定したいわけではないはずだ。目的はどうであれ、あれは兵器だ。
その話を『私たちに聞かすな』って、そういう感情だろう。それは一種の他責思考なんだろうけど。
災害でも事件でもなんでも、誰も死なないのが一番健全なはずだ。それが一番なことはみんなわかってる。でもそんな甘くないことも、みんな多少理解してるんだと思う。みんな奥底では自分は死にたくないし、自分の知らないところで人が死んでほしいと思ってる。
僕はなんだか興味が薄れて、ボーッと空を眺めていた。家に帰りたいなとか思い始めた。
「このT・Eシステムは…」
白衣の男が詳細を話し始めるところだった。微妙に空気が揺れた。僕の周りに流れている空間そのものが、壁にぶつかったような。僕は箱の中にいるような気分だった。そして、体を覆うように漂う嫌な匂いがした。
僕が異変を感じるより先に、大きなモニターが警告を出した。このモニターは地上層の通信室と繋がっているようだ。ただリストを映していたモニターが赤く点滅し、周辺カメラの情報を映した。
「ACOT地上層管制局より通達。空中層で高熱反応を確認、発表会場との位置が一致します」
僕が今いる会場の付近に大勢のなにかがいる。それは、会場に向かってきている。
白衣の男がマイクを捨て、スタッフらと慌てて話している。スタッフたちは叫んで観客たちを出口の方へ向かわせた。僕は観客たちに流され、すぐに出口に着きそうだった。
ステージ横にいた警備員たちが一斉に外に出て、警戒体制をとった。そんな光景を見て、僕の心臓の鼓動がどんどん早くなっていくのを感じた。明らかに異常なことが起こっていることはもうバカでも理解ができる。異常なことという抽象的なものが、僕の中では具体性を帯びていった。
最悪の予感がした。
観客たちは何がなんだかわからない様子だったが一つの光景を見て、困惑した表情が、理不尽な世界に対する絶望の表情へと変わった。
一人の警備員が、会場のモニターを突き破って吹き飛ばされてきた。その人は、周りにいた観客を巻き込んで、僕の足元で止まった。肘が不自然な方向へ曲がっていて、殴られでもしたのだろうか、腹に大きなへこみがある。
この人はピクリとも動かない。瞼を開いたまま瞳孔が上へ登っている、別にこれを見なくても今の様を見ればもう立ち上がることはないと理解させられた。
穴が空いたモニターから出てきたのは、上半身が異常に膨らみ、 膨らんだ上半身を横に両断するようにある大きな口がある二足歩行の白い生命体。僕は動画でしか見たことがないアイツを、初めてこの目で見た。
「パラサイター…」
あれが、パラサイターだ。
「ああああああああアアアぁぁあぁあっぁぁぁァああアア」
まだステージ上にいた白衣の男と、近くにいたスタッフが食われた。少しい遠くにいても、あの白衣の男の断末魔が耳に入ってくる。肉がちぎれる音、バリバリゴリゴリと、肉から骨に変わっていく音。全てが聞こえる、観客たちは完全にパニックだ。
僕も呼吸がどんどん浅く早くなって、視界が少し白くなっているのがわかった。出口には、パラサイターがいたから。
どうすればいい、どうすればいい。もう白衣の男以外にも観客が襲われ始めている。周りで人が殺される中、僕は動くことが難しくなってしまった。僕の歩みを心臓の鼓動が邪魔をして動きにくいんだ。
背後からも、断末魔が聞こえる。アイツらがきて、何分くらい経った…?僕はその近くに吹き飛ばされた椅子が偶然積まれてちょうど遮蔽物になっているところに隠れた。
これで一安心になりたかった。現状は何も変わってない、多分逃げられた人はいない。あれだけ騒がしかった断末魔が僕が隠れている間に静かになっていった、もう誰もいないのかもしれない。
近くにパラサイターがゆっくりと歩いているのがわかった、死にたくない僕は必死に早くなった呼吸を落ち着けようとして、口を手で覆って蹲るようにした。自分の視界が暗くなれば、アイツらも僕の居場所がわからなくなるんじゃないかと思ったから。
そこに片足の靴が転がってきた。サイズと色的にに、子供の靴だろうと思った。僕は何に縋ればいいのかもわからないまま誰かに祈った。
死にたくない。
ただこの恐怖から逃れたい。
そもそもなんでこんな目に遭わなきゃいけない。
僕の隣にいた人も死んだ。
逆に非現実を体感できてラッキーかもしれない。
僕はどうすればいいんだ。
自分でもわかるくらいに情緒がおかしくなっていたとき、どこかで爆発が起きた。衝撃波が僕のところまで届き、僕は吹き飛ばされた。いつしかの幼少期、階段の踊り場から落ちた日のことを思い出した。息を吐こうとすると同時に声も漏れる。
「グ…ゥ………ゥ…」
そこまで強い衝撃じゃなかったからどこかが折れてるとかではなさそうだけど、一体なんだ?漂う臭いから、人為的に起きたものだとわかった。多分、空中層にある小型ミサイルかなんかが撃たれたんだ。
僕がいた会場の方には火の海が広がっている。あの中にはもう誰もいなかったのだろうか。
これでどうにかなると思った自分がバカだった。
パラサイターには、通常の兵器が通用しない。
火の海から、一体の白いアイツが顔を出した。目なのか鼻なのかわからない黒い二つの大きな点は、僕のことを逃すまいと見つめている。僕は完全に腰が抜けてしまった。
「勘弁してくれ…」
明確に見えた、『死』というものが。体は寒気を感じるどころか、体温が上がってくるのを感じる。逃げようにも、死が僕の体をキュッとしばって離さない。
僕の体が、死というものに服従した。
死んだ。ここで、死んだ。
「───おい!──おい!」
「おい!」
「!?」
極度の緊張で周りの音が全く聞こえていなかった。なんだか視界に入ってくる情報も見えているようで、見えていなかった。パラサイターはまだ動いていない。良かった、火は効かないけど行動は壁として機能するみたいだ。
「やっと声に気づいたな…大丈夫か?」
「なんだ?どこから」
抑揚はあるのに機械的で無機質な声の主はどこを向いても見当たらない。上か?どこだ?どこにも人はいないぞ。ついに頭がおかしくなったのだと思った、ここまでおかしいことが続けばそうなるのも無理はないから。
「ここだ!!」
「はぁ…?」
「だから!ここ!!下見ろ!!!!」
足の間を見ると、発表されていた例のブレスレットが、そこにはあった。ブレスレットが喋ってるのか…?喋るたびにオレンジのラインが点滅している。
「俺はリッカ、遠隔でお前に話しかけてる」
「リッカ…」
ブレスレットが喋ってるというわけではなく、遠隔でどこかから僕に話しかけているようだ。人が喋っているというのにすごく機械的な声質だ、いわゆるロボットが喋っているのと変わらない。
「俺がちょうどここにあって良かったな、お前は助かる」
希望の光が見えたようにも思えたが、僕には遠くから誰かが放った無責任な言葉にしか聞こえず怒りがグッと湧いてきた。
「なにが助かるんだよ!あれだけ人が死んで!どう助かるんだよ!」
「今のを見てわかったよ。お前は素質があるね。だから助かる、というか今ので助かる可能性がグンと上がった」
「は?」
「本当は外科手術を受けなきゃいけないんだけどな。緊急事態だ、ちょっと痛いけど我慢しろよ」
「ちょっとま…」
ブレスレットが僕の左腕に飛びかかり、さっきまでリングのように繋がっていた部分が外れ、端が針になり僕の手首に突き刺さりそのまま入り込んでいった。
「いっぐあああああアア!」
料理中に切ってしまったとかの比ではない痛みが僕を襲った。自然と涙が出て、止めようにも痛すぎて左手を暴れさすことしかできない。
10秒程度で終わったが僕の中では1時間くらいの間痛みが襲った感じがした。
「よーし完了!痛みはすぐ治る!」
言った通り、次第に痛みは和らいでいき、すぐに痛みは無くなった。僕の左手首には円状の電子端末が埋まっている。僕の肌がそこだけくり抜かれたように見える。
見た目だけでいうならもうブレスレットというよりも腕時計だ。
「これでお前の顔を拝める。腑抜けた顔してんなー…よし、名前は!」
急にディスられた。
「木道アイラ」
「よしアイラ!今から助かるために、お前はあのパラサイターどもを蹴散らす」
「そんなの無理に決まってるだろ!」
「今ならできんの!!!!!!いいか…お前の左手首に埋まったものはT・Eシステムを搭載した特定戦術装着型兵器だ。展開すれば、お前は常人よりもずっとずっと強くなれる」
僕が言った言葉に被せるように言葉を放ったリッカは僕に手順を説明した。僕が理解していないのに進んでいく時間に、口を出すこともどうすることもできず、話を聞くことしかできなかった。
「俺に指を置いて、俺が指示した通りに言え。いいな?戦術装着 T・Eだ。いけ!」
「…戦術装着 T・E」
僕が口から放った途端、埋まった端末から冷たい装甲が皮膚を這うように出てくると肩、胴、脚、そして顔面へと一気に覆い尽くし、僕の素肌が見えなくなった。完全に覆い尽くすと、体全体に広がっているラインに、液が充填されていくように、灰色の光が走った。
火の海の中で蠢いていた一体のパラサイターがもう耐えきれないという言葉でも言いそうに、僕の元へ一直線に飛び出した。
僕は怖気付いているが、リッカは僕に発破をかけた。
「さぁ、ぶちのめすぞ」
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