第3話 薄暗に輝く赤
目で確認できるのは5体。あいつらをどう相手すればいいんだ?まだ襲ってくる様子はない、お互いを見つめあっている状態。こっちが仕掛ければいいか?いや、流石に集団でかかられると……
「これもまた詳細は後で言うが、お前が上でやったやつと今見えてるやつは幼体だ」
「幼体?」
「そ。一番弱い個体だ。T・Eなら蹴散らせられる」
「ふーん……」
兵器の機能についてはある程度信頼できるし、リッカについても嘘をついてるようには思えない。なにより……あいつらがいなければこんなことにもなってない。僕は今日地上層に来る気もなかった。空中層の地面の一部は僕と一緒に地上層に落っこちた。これじゃ家に帰れない。
僕は、構えを解いた。それっぽくやるような気分にもなれない。
だって……
「ムカつくんだよ」
T・Eのラインが、傷口から血が溢れ出たように赤色に輝いた。
なんだか力を入れやすい、少し拳を握るだけで空気を握りつぶしたような。触れられないものでも破壊できそうな気がする。力が、迸る。そしてイライラする、殺してやる。
「こわ」
リッカの声が聞こえたがそれを気にせず、僕は様子を見ていた5体のパラサイターのうち1体を目掛けて、地面を蹴り上げた。僕が蹴り上げた地面が少し抉れて、粉塵が舞った。
すごい……!少し力を入れただけなのに、高く飛び上がれる。ビルの3階くらいまで簡単に飛び上がれるぞ。じゃあ、あいつに一撃を……一撃で殺す。死ね死ね死ね死ね。
腕を振り上げて、落下と共に白くてブヨブヨした気持ち悪い生ゴミに拳をぶつけた。あいつはそのまま僕を飲み込もうと口を開けていたけれど、その口ごと貫いた。貫いた拳は地面に当たって、また衝撃が生まれた。もう僕の周りはヒビだらけだ。赤色の血が僕の手に付いてる、なんなら、返り血は上半身にたくさん付いてる。ブヨブヨした感覚が気持ち悪いから、僕は死体からすぐに離れた。
「おおおお!いいねぇかっこよかったよ今の、もっとじゃんじゃん行っちゃえ」
「僕がしてるのはスポーツでもなんでもないんだよ」
「娯楽として見てるわけじゃねえって、こう言えばお前が罪悪感を感じないまま進めると思っただけ」
「僕を幼児だと思ってる?」
「まぁ、精神的な意味では」
僕のなにを知ってるって言うんだ。まだちゃんと喋ったこともないし、僕と会ったこともないのに。それに、あいつらを殺したところで罪悪感なんて感じない。まぁいいや。あいつらを早く殺さないと。まだまだスッキリしないどころか、どこまでもイライラが湧いてくる気がする。まだ止めない。
「素早いな……」
少し会話をしていた隙に、残りの4体に囲まれていた。僕の考えでは、さっきの1体を楽に捻ることができたから、それに怯えて逃げていくのかと思った。他の動物とは違うか……
それとも、恐怖とかそういった感情が欠如しているのかな?本能だけで動いている?それにしては行動がいちいち鈍い気がする。いや、どうでもいいそんなことは。囲まれたからなんだ。こいつらがどんな生態かなんてどうでもいいんだ。
前にいた1体が僕に飛びついた。僕にそのまま抱きついて、食うつもりだろう。口の中が見える、恐ろしくもなんともない。ただの赤く汚い口内だ。バリアが出ていた時の僕なら抵抗しないと倒されるだろうけど、今は全然力が伝わってこない。
僕は肘を少し後ろに引いてから、そのまま伸ばして腹を貫いた。骨があるのかはわからないけど、何か固いものと一緒に貫いた感覚がある。抱きついたこいつは動かなくなって、周りのがかかってこようとした時に、僕は死体を2体に投げつけた。ぶつけて少し隙ができたときに、そのまま2体ごと蹴りを入れて吹き飛ばした。攻撃を当てた瞬間にそのまま押しこむと貫けることがわかった。吹き飛ばしたいときは、当てた瞬間に力を抜けばそのまま飛ばせる。吹き飛んだあいつは、瓦礫の中にぶつかって見えなくなった。動いてる様子もないから死んだんだろう。
「最後、1体」
「やっちまえ」
「わかってる。いちいちうるさい」
装甲から機構音が鳴り響き、自身に死が迫っているとも知らずに飛び上がった愚かな魔物に向かって真上に飛ばすように蹴りを飛ばした。垂直に飛び上がったゴミに追いつくように僕も飛んだ。飛ばされ続けているやつを超えて、僕のところに追いついたあたりでもう一度地面に向かって蹴り飛ばす。蹴った足にはあいつの血がついているから、若干肉が抉れたんだと思う。
僕が落ちるころには、さっきまで生意気に飛び上がったカスはミキサーにでもかけられたくらいにグチャグチャだ。もう少し形を残して殺したかった。力加減が難しい、僕が殺したいように相手を殺せるようになりたい。僕が思い描いた最期の姿で…凄惨かもしれない、綺麗かもしれない。僕の気分で、殺したいやつの最期の姿を決めてやりたい。
「うわグロー……よくできんなこんなの」
「はぁ……ちょっとスッキリした」
気分が落ち着いてくると、煮えたぎるような赤のラインが深く濃い綺麗な緑色に変わった。
とりあえず、僕の近くにいたパラサイターは倒せたから目の前にある問題は解決した。新しく問題になってくるのは、この装甲をどうするか。もしかしてずっとこのまま?
「これ、どうにかならないの」
「装着解除って言えば戻る。言わなくても腕のやつ操作すればできるけどな」
「装着解除」
僕がそう言うと、纏っていた装甲は即座に左手首についた装置に収納されていった。あれだけのものをしまったのに装置は元のサイズと全く変わらない、この小さな腕時計みたいな装置のどこにこれを収納するだけの空間があるんだろう。
「涼しい……」
中が暑かったわけじゃないけど、纏っていたものから解放される感覚は、真夏日に涼しい部屋に入った時のような心地良い感覚だった。指と指の間を風が通り抜けていくのは、生身の僕でないと感じ得ないことなんだろうな。
「どうだった?ムカつくやつを殺した気分は」
「虚無しか生まない」
「スッキリとか言ってただろ」
「今は違う」
「忙しいやつだな」
一通り殺した後、改めてその現場を見たらとても静かだった。戦ってるときは頭の中が雑音でいっぱいで、何がうるさかったのかもわからないけど、静かだなんて微塵も思わなかったのに。
僕が殺したあとに残ったのは血まみれの地面と、これから音が生まれることが想像できないような静かな空気。そして、また僕の手に乗った命の責任。なんでこんなものを僕が背負わないといけないのかと、そうも思った。
「わからない。僕にはわからない。死にたくないからとか、ムカつくとか、そんな理由で殺したんだ」
「虫を殺すのとわけが違うだろ。どれだけ憎悪を抱いていても、初めて大きな生物を殺したとき、何かが自分の中で壊れた音がする。人間を殺したわけでもないのにな。大丈夫だよ慣れるから。笑いながらやってるやつだっている。多分、何かを保とうとしてるんだろうな。はは」
装置から聞こえてくるリッカの声は機械音声だ。奥で人間が話しているのは、話し方や温度感でわかる。多分楽しんでるんだろうなとか、それくらいは。
でも今のリッカの話し方は機械よりも機械的で、虚無感を超えた虚無感のような途方もなく大きな空間が垣間見えた。特に最後の笑いは人間が笑ってるような笑い方じゃない、ただ単語をつなげたみたい。
「……さて俺は色々説明できる準備ができたが、どうする?」
「……聞く」
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