第26話「共鳴するのは、善悪ではなく——存在」
──共鳴支援室・設立三日目。
風見レンは、少し疲れた表情でソファに腰を下ろしていた。
「……今日は多かったな」
スキルが失われた元営業マン、レベルが初期化された教師、職業を失った主婦……
“再定義社会”に馴染めない人々の相談は、想像以上に多岐にわたり、そして深刻だった。
「ほんと、“数値に頼って生きてた”って実感するよな」
となりでつばきが、スポーツドリンクを渡してくれる。
「ほら、糖分足りてない顔してる。しっかりしなさい、共鳴者」
「ありがと……」
◇
そのときだった。
支援室のドアが、控えめに“トン、トン”とノックされた。
「どうぞ」
返事とともに入ってきたのは──黒いパーカーを着た、痩せた少年。
年の頃は十七、八。だがその目は、大人のように乾いていた。
「……予約、してないけど」
「大丈夫ですよ。名前、聞いても?」
「〈キサラギ・ユウト〉」
名乗った瞬間、レンの端末に警告が表示された。
【注意:当該対象は旧AR3データベースにて“犯罪スキル保持者”として登録】
「“泥棒のスキル”を持ってたってだけで、俺は……」
彼の声は、どこか呆れたようだった。
「スキル:【影潜り】【鍵破り】【盗視】。──まるで生まれながらの犯罪者だってさ」
レンは静かに彼を見た。
「今も、それらのスキルは?」
「……ないよ。再定義で全部消えた。でも“記録”は残ってる。“お前は危険だ”って、世界に刻まれたまま」
◇
つばきが、少し身を乗り出す。
「そのスキル、使ったの?」
「……使ったよ。生きるために。親に捨てられて、施設でも殴られて……飯を盗まなきゃ、死んでた」
空気が重くなる。
だがレンは、静かに言った。
「それでも、今こうして話してるってことは、“変わろう”としてるんだよね」
「……そういうの、簡単に言わないでくれ」
ユウトの声に、怒気が混じった。
「“共鳴”なんて綺麗な言葉で、俺みたいな“汚れ”が洗い流せるって思うな」
「思ってない」
レンは即答した。
「でも、君の“存在”を見ようとする人間は、ここにいる」
「……は?」
「君がどう過ごして、何を思ってきたか。それを“他人に共有する”だけでもいい。“許される”かどうかはわからない。でも、忘れられるよりは、ずっといい」
ユウトの瞳が揺れた。
「……お前、変な奴だな」
「よく言われる」
◇
その日、ユウトは三時間、ひたすら“何も語らなかった”。
ただ座っていた。
それでもレンは、何も言わなかった。
帰り際、ユウトがぽつりとつぶやいた。
「また、来ていい?」
「もちろん」
◇
夜。帰り道の交差点。
つばきが不意に言う。
「レン、あんたちょっと危ういよ」
「え?」
「“共鳴”って、全部を肯定することじゃない。自分を殺して相手に染まることでもない」
レンは黙って聞いていた。
「だから、わたしもここにいる。“お前が見失わないように”って、リヴ・コードが言ってた」
「……そうだったのか」
闇のなか、街灯が二人の影を静かに揺らしていた。
「共鳴するのは、善悪じゃない。“存在そのもの”だよ」
「……だな」
二人は、また明日も“誰かの存在”に触れる覚悟を胸に、歩き出した。
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