第26話「共鳴するのは、善悪ではなく——存在」

 ──共鳴支援室・設立三日目。


 風見レンは、少し疲れた表情でソファに腰を下ろしていた。


「……今日は多かったな」


 スキルが失われた元営業マン、レベルが初期化された教師、職業を失った主婦……

 “再定義社会”に馴染めない人々の相談は、想像以上に多岐にわたり、そして深刻だった。


「ほんと、“数値に頼って生きてた”って実感するよな」


 となりでつばきが、スポーツドリンクを渡してくれる。


「ほら、糖分足りてない顔してる。しっかりしなさい、共鳴者」


「ありがと……」



 そのときだった。


 支援室のドアが、控えめに“トン、トン”とノックされた。


「どうぞ」


 返事とともに入ってきたのは──黒いパーカーを着た、痩せた少年。


 年の頃は十七、八。だがその目は、大人のように乾いていた。


「……予約、してないけど」


「大丈夫ですよ。名前、聞いても?」


「〈キサラギ・ユウト〉」


 名乗った瞬間、レンの端末に警告が表示された。


【注意:当該対象は旧AR3データベースにて“犯罪スキル保持者”として登録】


「“泥棒のスキル”を持ってたってだけで、俺は……」


 彼の声は、どこか呆れたようだった。


「スキル:【影潜り】【鍵破り】【盗視】。──まるで生まれながらの犯罪者だってさ」


 レンは静かに彼を見た。


「今も、それらのスキルは?」


「……ないよ。再定義で全部消えた。でも“記録”は残ってる。“お前は危険だ”って、世界に刻まれたまま」



 つばきが、少し身を乗り出す。


「そのスキル、使ったの?」


「……使ったよ。生きるために。親に捨てられて、施設でも殴られて……飯を盗まなきゃ、死んでた」


 空気が重くなる。


 だがレンは、静かに言った。


「それでも、今こうして話してるってことは、“変わろう”としてるんだよね」


「……そういうの、簡単に言わないでくれ」


 ユウトの声に、怒気が混じった。


「“共鳴”なんて綺麗な言葉で、俺みたいな“汚れ”が洗い流せるって思うな」


「思ってない」


 レンは即答した。


「でも、君の“存在”を見ようとする人間は、ここにいる」


「……は?」


「君がどう過ごして、何を思ってきたか。それを“他人に共有する”だけでもいい。“許される”かどうかはわからない。でも、忘れられるよりは、ずっといい」


 ユウトの瞳が揺れた。


「……お前、変な奴だな」


「よく言われる」



 その日、ユウトは三時間、ひたすら“何も語らなかった”。


 ただ座っていた。


 それでもレンは、何も言わなかった。


 帰り際、ユウトがぽつりとつぶやいた。


「また、来ていい?」


「もちろん」



 夜。帰り道の交差点。


 つばきが不意に言う。


「レン、あんたちょっと危ういよ」


「え?」


「“共鳴”って、全部を肯定することじゃない。自分を殺して相手に染まることでもない」


 レンは黙って聞いていた。


「だから、わたしもここにいる。“お前が見失わないように”って、リヴ・コードが言ってた」


「……そうだったのか」


 闇のなか、街灯が二人の影を静かに揺らしていた。


「共鳴するのは、善悪じゃない。“存在そのもの”だよ」


「……だな」


 二人は、また明日も“誰かの存在”に触れる覚悟を胸に、歩き出した。

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