第2話「そのスキル、世界がバグる」

──ピコン。


【新スキルを確認:???】

【エラー:不明な職業スロットにアクセスしました】

【……“バグ”を検出。仮称:コードX《無限職能》】


 光るステータスカードを握りしめたまま、俺は呆然と立ち尽くしていた。カードの表示はどこか不安定で、ノイズが走るたびに内容が変わったり、消えたりする。


「な、なんだ今の……!」


 研究者らしき白衣の男たちがざわつく。彼らの手に持った端末やセンサーが次々と警告音を発していた。


「ステータス干渉……? いや、これは……」


「まさか、市民個体がコードX反応を──ッ!?」


 その瞬間、俺の足元の地面が歪んだ。


 まるで空間そのものがねじ曲がったかのように、重力の向きが変わる。俺と少女の身体がぐらりと傾いた瞬間──


「うわっ……!?」


 俺たちの背後で“何か”が炸裂した。


 衝撃波と共に、つばきを狙っていたスキル弾が弾かれたのだ。視界の端で、黒い光のようなエフェクトが宙を漂う。


 ……今の、俺のせいか?


 何かが起きた。でも、何をしたか分からない。ただ、彼女を守りたい。それだけを願った結果だった。


「やはり異常だ……即時拘束対象に変更しろ!」


「奴も連れて帰還する。実験兵装No.4と──コードX保持者だ!」


 白衣たちが再び接近してくる。その手には、捕縛用のスキル機器。まるで家畜でも扱うような動きだった。


「……逃げるぞ」


 俺はつばきの手を掴んで走り出した。足は震えていた。恐怖はあった。でも、それ以上に、彼女を連れていかれることが、許せなかった。


「ま、待って……あの人たち、強いよ……?」


「わかってる! でも今ここで捕まったら、きっと二度と……!」


 後ろからは怒号とスキルの発動音が追ってくる。が、俺たちの足元にはまた異常が発生した。地面が勝手にひび割れ、煙が吹き上がる。まるで俺たちの逃走を手助けするように。


(これも、俺の“バグスキル”なのか……?)


 走りながらカードを確認するが、情報は表示されたかと思えばすぐに消え、全く読めなかった。


 わけがわからない。それでも、走った。


 市街地を抜け、小道を抜け、人気のない古い工業地帯の建物に飛び込んだ。空き倉庫のようなそこは、ひどく埃っぽく、だが静かだった。


「……ふぅ……っ……」


 つばきが息を切らせながら座り込む。その手には、あの巨大なモーニングスター。今も無意識に抱きしめるように握っている。


 俺も近くの壁に背を預けて、呼吸を整える。


「……ありがと」


「え?」


「逃げてくれて。……知らない人なのに、助けてくれた」


 彼女は小さく微笑んだ。涙で濡れた頬はまだ汚れていたが、そこにはかすかな安心の色があった。


「……俺も、なんで助けたのか分かんない。でも──」


 でも、きっとあのとき見た、つばきの泣き顔が忘れられなかった。


「ねえ、名前……教えて?」


「風見レン。君は?」


「……姫崎つばき。……番号じゃなくて、名前で呼ばれたの、久しぶり」


 その言葉に、胸がざわついた。実験兵装。管理番号。そういった冷たい扱いを、彼女は受けてきたのだろう。


「これからは、名前で呼ぶよ。……つばき」


 彼女はまた少しだけ微笑んだ。


 そのときだった。


【称号:仮定中……】

【ステータス再構築を確認。異常な職業スロットがアクティブです】

【称号候補:共鳴する者/逸脱者/???】


 ステータスカードが再び光を帯び、表示が一瞬だけ浮かび上がる。


(共鳴……? 逸脱……?)


 何が起きているのかは分からない。でも、ひとつだけ確信した。


 俺は、もうただの“モブ”じゃない。


 このバグは──きっと、世界を変える鍵になる。

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