第1話「彼女はモーニングスターで愛を語る」
現代社会がRPG化して、もう十年が経つ。
政府はこの現象を“AR3(拡張現実進化現象)”と命名し、人々の生活に“ステータス”という概念を組み込んだ。レベル、スキル、職業。そういったゲームのような要素が、現実に根ざす世界。
そんな中で、俺は最底辺にいた。
「うーん、風見くん……ごめんね。さすがに紹介できる企業が……」
ハローワークとギルド支部が合体した就職支援センター。スーツ姿の女性職員は申し訳なさそうに俺のステータスカードを突き返した。
【職業:無職】
【レベル:1】
【スキル:なし】
【称号:なし】
「……はい」
椅子から立ち上がると、足が鉛のように重かった。世間は“レベルが上がるほど社会的信用も上がる”という風潮がある。当然、俺のような“レベル1の無職”は、信頼すら得られない。
駅前の広場を歩くと、市営訓練ダンジョンの入り口が見える。そこはスーツ姿の会社員や、スキル持ちの高校生たちが通う、日常的な訓練施設だった。
『危険! クラスS訓練区域に関係者以外立ち入り禁止!』
看板を何気なく眺めていると──
ドンッ!
地響きと共に、施設の壁が吹き飛んだ。
「……ぃ……ゃ……ッ!」
煙の中から転がり出てきたのは、一人の少女だった。
セーラー服姿。肩に巻かれたチェーン。両手には、まるで鉄球のような……いや、正真正銘のモーニングスターが握られている。
彼女は泣いていた。顔はススで汚れ、涙が頬を伝う。その瞳が、真っ直ぐに俺を捉える。
「……だれ、ですか……あなた……?」
「え? いや、通りすがりっていうか……」
このとき、俺の頭は真っ白だった。ただ、彼女が異常な存在であることは分かる。が、それ以上に──
「離れろ! 奴は実験兵装No.4《姫崎つばき》! 暴走中だ!」
現れたのは、白衣姿の大人たち。教員か、研究者か。数人が周囲を囲むように走ってきて、電磁式のスタンロッドや特殊スキルを起動している。
「暴走……?」
つばき──その少女は震えていた。泣きながら、俺の背後にすがりつく。
「……わたし、逃げただけ……こわくて……」
俺は思わず、彼女をかばうように一歩前へ出た。無意識だった。
「おい、どけ! お前は市民だろう! 一般人が関わるな!」
だが、俺の足は動かなかった。
スキルもない。戦う力もない。そんな俺が、ただ本能で思った。
(助けなきゃ──こいつ、泣いてるじゃん)
次の瞬間、俺の胸ポケットのステータスカードが眩しく光った。
──ピコン。
【新スキルを確認:???】
【エラー:不明な職業スロットにアクセスしました】
【……“バグ”を検出。仮称:コードX《無限職能》】
まさか、このときの俺は知らなかった。この異常なスキルが、後に世界を変えることになるなんて──
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