第24話 恋慕

  好きになったのはこんな地味な生徒でも

  ちゃんと名前を覚えてくれたところ。

  緊張ばかりして愛想のない私に声をかけてくれたところ。

  人気だからとか、かっこいいからとかそういうところじゃない。

  私は内面から先生を好きだったはず。

  だけどやっぱり私は生徒で先生は先生で・・・。

  私は先生のことをなにも知らなかった。

  私は先生にとってただの生徒で、

  あと数か月で卒業していくうちの一人。


□□□


「美鈴ちゃ~ん私もう勉強したくなーいー」

「なに言ってんの世那、夏休みだって言うほど勉強してないでしょ」

「だってぇヒデ君が遊ぼうって言うんだもん」

「ヒデ君は受験生に相手になに言ってん」

「まぁ最近は遊んでないけどね~・・・」

「受験生なんだから当たり前でしょう。世那は赤点補習だってあったんだから」

「そうだよね~そうなんだよね~」


 校庭にある紅葉の木は例年通り赤色に変わるのだろうと、いろははぼんやりと教室の窓から眺めていた。


「いろはどうした?」

「いろはちゃん追い込みすぎてない?たまにはリフレッシュしなきゃ!」


 世那はカバンから、お菓子を出すと机の上に広げた。丸い苺の飴や可愛い包みに入ったチョコレートなどがたくさん出てきた。


「いろはちゃんどうぞ!美鈴ちゃんも食べて」

「やった~ありがとう。あっこれにしよう!」

「ありがとう世那」


 いろはがチョコレートの包みを開けていると廊下で女子生徒たちのうわぁっと賑やかな声が弾けた。


「どうしたんだろう」

「さぁ?なにかあったのかな」


 世那は口の中に大きな飴を入れながら廊下の女子生徒たちを見た。すると机の上に置いてあった美鈴のスマホが鳴った。


「ゲッ、マナーにするの忘れてた」

「見つかったら没収されちゃうよ」

「それだけは無理~と」


 美鈴がスマホに目をしたのとほぼ同時に教室の隅でまた女子生徒の歓声が上がった。それは異様な光景だった。ブゥブゥと音にならない振動が教室のあちこちからしている。男子生徒のグループもスマホを除いて驚いた様子で笑い出した。


「ええっ!?」


 すると今度は美鈴が声を上げた。いろはと世那の視線が美鈴に向けられた。


「うそっまじ!?」

「どうしたの?」

「美鈴?」


 美鈴はスマホの画面をいろはと世那に向けた。それはよく使うSNSの画面。美鈴がスクロールしていくとある写真に目が止まった。包から出たチョコレートが机に転がっていく。


「なに、これ・・・?」


 そこには顔は桜羽と女子生徒が腕を組む写真が投稿されていた。加工により隠されているものの、いろはたちと同じ制服なのは明らかだった。『私たち付き合うことになりました♡』写真の下のうかれたコメントが添えられている。


「これまじネタ?」

「えぇーウソっぽくない?桜羽先生が生徒に手を出すなんてありえないよ」

「だよねぇ。っていうか誰この女。迷惑なやつだなぁ」


 美鈴は更に画面をスクロールしていき、女子生徒の情報を得ようとしていた。教室内ではキャッキャする女子の声とそれに便乗する男子の声。いろはにとってはザラザラとノイズのような音がどこか遠くでしている程度にしか聞こえなかった。


「ん~校外学習とか行ってるから二年かな」

「でもこの手のネタって教師側からしたら痛いよね」

「まーねぇー」


 机の上で頬杖をつく世那。口の中で飴を転がしていた。


「大丈夫かな桜羽先生。ねぇいろは?」

「・・・大丈夫なんじゃないの」

「あれ、あんまり興味ないの?桜羽先生と仲良しなのに」

「先生、誰にでも優しいから・・・そういうことされるんだよ」

「いろはちゃん?」


 いろはの反応に美鈴と世那は顔を見合わせた。チャイムが鳴ったが盛り上がる生徒たちは席に着かずに憶測を広めていた。机の上のお菓子を世那がカバンに戻す。いろはの転がって行ったチョコレートを開けかけた包みの中に巻き直した。


□□□


 テスト週間の最終日はどの部活どうも活動をしない。いろははそれを知っていて美術室を訪れた。久々に嗅ぐ油絵の具の匂い。準備室に置いてある卒業制作の作品には傷がつかないように布が掛けられている。生成色の布を取ると眩しいほどのヒマワリが描かれている。キャンバスの中には山中湖のヒマワリ畑が広がっていた。二年のとき桜羽が好きだと言っていた。卒業制作の題材を決めるときに迷うことはなかった。桜羽が好きだと言ったものを見ている景色をいろはは描きたかった。けれどあの夏祭り以降に仕上げる予定だったヒマワリ畑は完成することはなかった。

 そのときドアの開く音がした。こちらに近づいてくる足音。いろはは床に落ちた布を慌てて拾い上げた。


「あら小鳥遊さん?こんなところでどうしたの」

「し、白峰さん・・・」


そこに立っていたのは白峰だった。手には絵具を持っている。白峰はいろはの作品に気付いた。


「えっそれ卒業制作に描いていた作品じゃない。どうしてまだここにあるの?卒展の締め切りは昨日までのはずでしょ?」

「・・・うん。でも仕上がらなくて送るの辞めたの」

「辞めた?卒展は三年だけが参加できるコンクールなのよ。そのために今まで頑張ってきたんじゃない。仕上がらずに送る人だって多いこと貴方も知ってるでしょう?私も納得できてないところはあったけど送ったわよ」

「・・・うん。でも・・・でももういいかなって」

「いいかなって。あなた部長でしょう?そんな軽い決め方で・・・小鳥遊さん?」

「ごめんね・・・ごめんね白峰さん。私もう描きたくなくて。この絵を見たくないの」

「桜羽先生はこのこと知ってるの?」


 いろはは首を横に振った。それ以上話しをすると熱くなった目頭から溢れそうになった。

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