第20話 余波


 電車の各路線は祭り会場に向かう人で混雑していた。隣町で開催されるお祭りは県内では有名なお祭りでもあった。夕刻になるにつれて提灯に明かりが灯り出した。どこからともなく太鼓や笛、盆踊りの音楽が聞こえてくる。


「あっ!いろは先パーイ!」

「先輩、受験生なのにいいンすか祭りなんかに来て」

「気分転換も必要なの」

「うわぁっ!いろは先輩浴衣似合う!可愛い」

「小波ちゃんもとっても可愛いよ。あれ?桃山君は?」

「あそこです」


 堀之内が少し離れた花壇を指差すと甚平姿の桃山がそっぽを向いて石段の上に座っていた。


「あれなんか・・・。もしかして桃山君、機嫌悪い?」

「ん~多分」

「小波先輩が俺たちのこと誘ったから怒ってるんですよ」

「えっまさか桃山君に言ってなかったの!?」

「だってぇ~」


 桃山は重そうな腰を上げ三人の方へやって来た。いろはに「うス」と小さく挨拶をした。


「そろそろ行こうゼ」

「あっ、うん・・・」


 ぎこちなく桃山の隣を歩く小波の顔は真っ赤だった。異様な空気感を引きずりながらも四人は周りと同じように祭り会場に向かった。ドンドンと盆踊りの太鼓の音が大きくなっていく。屋台の威勢の良い呼び込みの声と食欲を誘う匂い。桃山は屋台をみながら隣にいる小波に話しかけた。


「腹減ったなぁ~なんか食べるか?」

「うん。なにがいい?」

「焼きそばとか?たこ焼きでもいいな」

「かき氷食べたいな」

「かき氷ってお前それ最初に食う?」

「だって食べたいんだもん」


 いろはの前を歩く桃山と小波。昨日の話ではあまりうまくいっていないと小波は言っていたがそんなようには見なかった。。二人を見ていると堀之内がいろはの浴衣をひっぱった。堀之内は背が高く隣にいるとかなり見上げる形になる。


「俺たちばっくれましょう」

「えっどうして」

「どうしてってどー考えても邪魔でしょ。俺たち」


 堀之内の言葉にいろはは二人を見た。最初は緊張しているように見えたものの、今は自然と楽しそうに話している。けれどなにも言わずに去ってしまうのは抵抗があった。


「でも・・・黙って離れるのはよくないんじゃ」

「いいから」


 そう言うと堀之内はいろはの手を掴み二人から離れて行く。花火の時刻に合わせ人が徐々に多くなってきていた。汗ばみ滑りやすい手がはぐれないようにしっかりと握られている。堀之内の背中を見ながらいろはは小波が心配になり振り返ろうとするが人が多すぎて上手く振り返ることができなかった。後で連絡しておこうと、そのまま別行動を選んだ。


□□□


 桃山と小波が石段を上りきると太鼓や笛の祭囃子の演奏が大きくなってきた。色鮮やかな浴衣を着ている人たちが行きかい通りは賑やかだった。


「あれ?いろは先輩たちは?」

「さっきまで後ろにいただろう」

「いない」


 小波が振り返るといたはずのいろはと堀之内の姿がない。


「どうしよう。探さなきゃ!」

「探すってこんなに人が多いのに無理だろう。もうすぐ花火も始まるし」

「でも」

「あとで堀之内に連絡しとくから」


 桃山は引き返そうとする小波を止めた。前回のデートは失敗だった。だから今日こそはリベンジをと思ってやってきた。しかし桃山が駅に着いたら小波と堀之内がいていろはもやってきた。

 小波が呼んだと笑っていたが意味が分からない。二人で来ると言っておいてどうして誘ったのか。


「ちょっと待ってよ!桃山!」

「・・・」

「いろは先輩を堀之内と二人きりにしたら可哀想だよ。堀之内全然喋んないし。私探してくるから桃山はここで待ってて」


 焦りが苛立ちに変わっていく。

 今日は会ったら一番に浴衣が似合ってると言おうと決めてきたのに。それも言えないまま。


「小波が呼びに行くなら俺帰るわ」

「・・・なんで?」

「・・・」

「なんでそんなこと言うの?」


 立ち止まる二人を邪魔そうに避けていく祭り客。提灯の明かりが石垣を照らしている。小波に背を向けたまま桃山は黙り込んでしまった。


「私は桃山と来るの楽しみにしてたのに」

「俺だって楽しみにしてたよ」

「だったら」

「二人だと思ってた」


 子供たちが花火が始まると足元をかけていく。

小波が浴衣を新調したのは去年の夏だった。友人と夏祭りに行こうと約束し、そのために購入した。けれど一緒に行く予定だった友人に彼氏ができた。小波は友人に彼氏と行くようにすすめると少しだけ悪びれた様子を漂わせながらも友人は彼氏と行くことを選んだ。だからこの浴衣を着るのは今日が初めてでそれを楽しみにしていた。


「それは・・・ごめん。でも」

「こないだ二人だとつまんないから誘った?」

「違うよ。つまんなくなんかなかった・・・ただ」

「ただなに?」

「・・・わかんない。わかんないけど」


桃山は振り返り小波を見た。不安そうにする小波の顔。ゆっくりと手を差し伸べた。


「嘘。帰るわけないだろう・・・」

「もうなにそれ、桃山のバカ」

「バカだよな。はぁ・・・俺めちゃくちゃダサイ」


 小波は桃山の手に触れた。その感触に一瞬手を引っ込めそうになった桃山。できるだけ優しき握り、花火会場へ向かった。提灯の橙色の明かりの下を歩いていく。


「この辺りでいいか」

「うん。見やすいと思う。痛っ―――」

「どうした?」


 小波が顔をしかめ足元を見ていた。桃山も小波の足元を見ると指の間が下駄の鼻緒で擦れた指が赤くなっている。


「履き慣れてないからな。でもこれくらい平気だから」

「血出てるぞ。あっちまで歩けるか?石段のところ」

「うん」


 小波は傷を庇いながら石段のところまでやって来た。桃山に座るように言われ軽く腰を下ろす。桃山はなにもない空を見上げるとここからでも花火は十分見えそうだった。


「よかった!あった!」


桃山がポケットから絆創膏を取り出した。得意げに笑う桃山に小波もつられた笑った。


「うそっ絆創膏持ってるの?意外過ぎる」

「こう見えてもな。ほら、足出せ」

「ごめん・・・ありがとう」

「いいよ別に。これくらい大したことないし」


 小波の足から下駄を取ると、擦れた指先に絆創膏を巻いた。


「・・・私、桃山と付き合えるようになって嬉しかったのに。なんか急に緊張しちゃってこないだも上手く話せなくて。付き合う前は普通に話せてたからいつものように他の人がいれば話せるかなって思っていろは先輩たち誘ったの」

「あぁー・・・そうか。それなら先に誘うって言えばよかっただろう」

「うん。そうだよね」

「俺も色々考えすぎてた。かっこつけてたつーか・・・今度は二人で遊びに行くからな。リベンジしたいし」

「そうだね。私もリベンジしたい」


 その桃山の後ろで花火が上がった。小波の顔に黄色や赤色の花火が映った。喜ぶ顔に思わず息を呑んだ。


「うわぁ綺麗。見て見て桃山!花火始まったよ!」

「おっおー!すげぇ!」


 桃山は振り返り空を見上げた。花火がまた上がっていく。消えてはまた上がっていく。隣で声を上げる小波の声がいつもより近かった。先ほど繋いだ手の感触を思い出しながら、来年も一緒に来ようと秘かに心に決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る