第19話 心境
付き合おう、そう言ったのは桃山の方からだった。部活の終わり小波と二人で掃除をしていたとき。そろそろいいのではないかと告白してみると、戸惑いながらも小波は小さく頷いた。
お互い好きだろうと桃山の中では妙な自信と確信があった。付き合い始めて一週間。今日は初めてのデートだった。
今までと同じようで今までとは違う。友達ではなく恋人。彼氏と彼女の関係になった。桃山は浮かれていた。今日のためにSNSやネットで下調べをし十分前には待ち合わせ場所についていた。まずは映画を見て美味しいと評判カフェにいきショッピングモールで買い物をする。というのが桃山が立てたデートプランだった。
「おまたせ」
「おっおう!待った・・・ゼ」
駅前で待ち合わせると小波がやって来た。初めて見る私服だった。合宿のときも私服だったがあのときはカジュアル目の格好だ。今日はショートパンツにギンガムチェックのオフショルダー。これがデート用の服だろうかと思うと桃山の心臓が飛び跳ねた。
かける言葉が見つからない。可愛いと言えばいいのだが恥ずかしすぎて言えなかった。少し大人びて見える小波が別人に見えた。
「じゃっじゃああっちだから行こうゼ」
「うん」
「・・・」
「・・・」
会話が続かない。今まで小波との会話でつまったことなどなかった。初対面のときですらこんな気まずいことはなかった。桃山の胸の心拍数が激しくなっていく。汗が流れだし、桃山は落ち着けと心の中で唱え続けた。
「今日暑いなー」
「うっうん。暑いよね。私も思った!」
「だっだよな~こんなに暑いなんてな」
「夏だからね」
「・・・」
「・・・」
「おう!夏だもんな!暑いなぁ~」
会話はすぐ止るのに汗が止まらない。前方から大学生くらいのカップルが通り過ぎていく。暑い中腕を組みながら楽しそうに歩いている。自分もあんな風に自然にできればいいのにと思いながら小波を見た。いつもより色づく唇と少し汗ばんでいる首筋。ゴクリと唾を飲みすぐに目をそらした。
映画館につくと夏休みということもあり混雑していた。この夏におすすめの映画のポスターが大きく張り出されている。桃山は『夏恋日記』の広告を見ていると小波が『怪奇仏滅!最後の夏』を指差していた。恋人同士でみるなら絶対こっちだと思いつつも桃山は小波のリクエストに応えた。
□□□
「すっごく楽しかったね!」
「俺怖いすぎてなんも覚えてないわ」
「あれくらい普通でしょう!私はもう少し怖いのを期待してたんだけどなぁ~。ホラーにしては流血しすぎ!」
「そうですか」
桃山の予定していた店でランチをした。注文したトマトパスタが先ほどの映画のせいで血のように見えてくる。一方の小波は気にせずに映画の感想を述べながら食べていた。
「桃山は次なにが見たい?」
「ん?」
「だから今回は私の好きなジャンルだったから。次は桃山が好きなジャンル見よう」
「あぁーなんでもいい」
考えずに口から出た言葉に桃山は顔を上げた。すぐに適当な言い方をしたことに後悔した。なんでもいいとは言ったが、小波と一緒にみるものであればなんでもいいという意味だった。小波は窓の外を見ていた。いつもなら言い返してきていたのに、言い返してこない。桃山も同じように外を見た。前には大きなデパートが立っている。 その垂れ幕に期間限定の美術展の広告があった。昨日デートプランを探していたときに現代アートの美術展が開催されている記事を目にしていた。桃山は現代アートに興味があったがかなり偏りのあるジャンルのため、油絵を描いている小波はあまり好みではないだろうと思った。
「このあとどうする?買い物とかなんか見る?」
「あれ行こうよ」
小波が現代アートの広告を指差した。
「桃山ああいうの好きじゃない?」
「えっでも小波はあんまり好きじゃないだろう」
「いいよ。行こう。映画は私が付き合わせちゃったし」
プラン通りにいかないことに桃山は不安を感じた。自分の好きなものを見てデートが成功すると思えない。経験者の声を見ると自分の趣味を押し付けるのはNGとか彼女優先の文字が並んでいた。
「いいって。小波が行きたいところにしよう」
「特にないよ」
「じゃ買い物・・・」
「買い物ってなに?私別に欲しい物ないし。桃山はなんか買いたい物でもあるの?」
「俺も別に」
「あの美術展は期間限定だからそっちの方が楽しいよ」
「・・・そこまでいうなら」
桃山は上手くかみ合わないことに苛立ちを感じた。こんなつまらない男振られるかもしれない。ため息が零れかけた。黒染めが取れかかった髪に触れると相変わらず指通りが悪くごわついている。
デパートの展示フロアにつくとそのフロアの半分が現代アートの展示会場となっていた。冷房が効いているフロアは寒いくらいに冷え込んでいる。人の出入りも映画館とは違い疎らにいる程度だった。
「入場料五千円!?」
「高っ!!」
「今大注目の展示品が多く海外の方の作品も取り揃えております。この機会にぜひ」
受付の女性がニッコリと微笑んだ。桃山は頭の中で財布の中身を必死に思い出した。映画を見てランチをして残高はいくらだっただろうか。ここは自分が払うつもりでいたが、二人分でまさかの一万円に驚愕した。
「やっぱやめておこうか」
小波が苦笑いをした。気を使われている。今日は初デートだ次があるかないかは全て今日にかかっている。桃山は踏み止まった。
「でもせっかく来たし」
「でも私お金もうそんなにないよ」
「おっ俺が払うよ」
「いいよ、そんなことしなくて」
小波は桃山の腕を引っ張り会場を去ろうとした。ここまできて引き返すことなんてできない。桃山は財布を出した。中には一万円札が一枚入っていたがこれを払えば帰りの電車賃がなくなる。桃山は己の情けない姿に肩を落とした。
「ごめん・・・なんか」
「なにが?」
「上手くいかなくて」
エレベーターに乗り込むと壁にもたれながら桃山がつぶやいた。
「私もなんかごめん」
「なんで謝ンだよ」
「そっちこそ」
小波は桃山に背を向けボタンの前で階数を見上げている。小波の開いた手が視界に入った。初デートは手くらいはつなげるだろうと思っていた。手を伸ばしてみたがやっぱりできない。桃山はそのまま拳を作った。
「私は来週の夏祭り桃山と行くの楽しみにしてるよ」
「・・・あぁ。俺も」
小波から来週の話を切り出された。来週は夏祭りに行こうと付き合う前に約束していた。ちゃんと覚えていてくれたことに桃山は安堵した。
今日の反省を踏まえ次こそはと握った拳に力を込めた。
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