第18話 初心


「なぁ桃山この後カラオケ行かねー?」


 夏休みに入り満喫していたのも束の間。出校日には学校にこなければならない。暑さとだるさを引きずりながら桃山は学校へ来た。


「俺部活あるから無理だわ」

「は?部活?お前部活入ってたの?」

「美術部だよ」

「美術?プッどうせ幽霊部員だろう。たまには俺たちにも付き合えよ」

「ばーか幽霊部員じゃねーし。なんたって次期部長候補だから。俺が出なきゃ始まらねー」

「うそくせぇ~」

「本当だって!」

「んじゃ夏休みはずっと部活かよ?」

「ずっとではないけど。こないだ合宿行ってきた」

「合宿?美術部が?」

「うるせぇな。お前馬鹿にすんなよ」

「馬鹿にいはしてねぇって。ただ桃山が美術部ってのが信じられねーの」


 桃山は配られたプリントを適当にカバンに押し込んだ。桃山が美術部だと言うと決まってこういう反応をされる。入部した際も上級生は桃山をみると目を丸くしていた。桃山は自分でもそのことを自覚していた。終始動いたり喋ったりしている。どちらかといえば落ち着きのない方。中学のときに興味本位で開けたピアスは今もふさがらないまま開いている。そんな自分が文化部といえば誰だってそういった反応になる。

 桃山が美術部に入部を決めたきっかけは祖母が書道の講師をしていることから始まった。小学生のとき文字を書くのに飽き、なんとなく墨で絵を描いたらこれがたまらなく面白かった。外で遊んだりゲームもやるがそれ以上に墨で絵を描くことの方が桃山には何十倍も楽しく感じた。しかし中学で美術部に入ろうとすると祖母に止められた。おまけに美術部の顧問に墨で絵を描きたいと相談したらそんなことはしないと言われた。結局桃山は祖母の元で書道を習い続けた。


『桃山君!君、桃山君だろう?采迦(サイカ)先生のお孫さんなんだってね。嬉しいなぁ~まさかお孫さんが入学していたなんて。こないだ聞いて驚いたよ』


 桃山が入学して間もない頃だった。三年の国語教師が教室までわざわざ桃山に会いに来たのだ。采迦とは桃山の祖母の書道名。どうやら以前祖母に書道を習っていたらしい。長年書道を続けていた桃山の祖母はその界隈では名が通っていた。


『采迦先生には随分とお世話になってね。私は今書道部の顧問をしているんだよ。どうだい桃山君も書道部』

『俺絵が描きたんですけど』

『絵?』

『墨で絵が描きたいンすけど。書道部入ったら描かせてくれますか?』

『絵はちょっと・・・専門外だからな。でも君ほどのレベルなら大歓迎だよ!』

『じゃあいいや。習字ならばあちゃんところでやれるし』

『ううむ・・・。そうか。残念だな。一応桜羽先生なら美術の顧問だから尋ねてみたらどうかな』


 桃山は特に期待もしていなかった。中学のときもあまりいい顔をされなかった。なので部活の話はそのままになっていた。

 数日後、桃山が職員室に行ったときにたまたま桜羽を見つけた。職員室にまで押し掛けた女子が桜羽と楽しそうに話している。少し迷ったが桃山は桜羽に尋ねることにした。


『墨で絵を描くの?』

『はい。ダメですよね』

『へぇ面白そうだな。良いと思うよ。でも美術部でいいの?書道部もあるよ』

『えっ・・・本当にいいんですか?俺、美術部がいい!』

『もちろん。うちは部員数も少ないからみんなやりたいことをやっているんだ。桃山君がやってみたいならそれで良いよ。道具とかなにか必要な物があったら言って。用意できる物があれば揃えておくよ』

『先生・・・桜羽先生すげー!すげーいい人!!俺今めっちゃ感動してる!めっちゃ嬉しい!』

『そっそうかな。桃山君が喜んでくれて僕も嬉しいよ』

『コラ桃山煩いぞ。ここをどこだと思ってる。静かにせんか。後シャツをズボンにちゃんといれろ。校則違反だぞ』


 桜羽の前にいる年配の教師が眉間にシワを寄せていた。すみませんと、苦笑いする桜羽の横で桃山はガッツポーズを繰り返している。


『桜羽先生』


 桃山の後ろから女子生徒の声がした。また桜羽目当ての女子だろうか。桃山は軽く振り返った。


『あっ小波さん』

『これ入部希望と同意書です。よろしくお願いします』

『はい。確かに。だとすると今年の入部は二人かな。来週から部活始まるけど場所わかるかな?』

『美術室ですよね?授業で使ってるのでわかります』

『桃山君は?』

『俺選択美術とってないからわかんないス』

『一緒に行く?』


 小波が桃山を見上げた。高校に入ってから女子と話すのは初めてだった。しかも小波は桃山とは違うクラスの女子。


『えっ!?』

『そうしてもらえると助かるけどいいかな?』

『入部するの二人だけみたいだし。私三組の小波果歩』

『俺は七組の桃山慶二郎』


 桃山は来週から始まる美術部に期待と高揚感で胸を膨らませた。

 翌週、小波は授業を終えると七組までちゃんと桃山をむかえに来た。急いでカバンを担ぎ二人で美術室へと向かった。


『桃山君も絵が好きなの?』

『俺は墨で絵を描きたいんだ。こないだ桜羽先生に聞いたらやらしてくれるっていったから入部即決した』

『墨で絵ってすごいね』

『そっそう?可笑しくないかな』

『なんで?すごいと思うけど』

『俺こんな見た目だから美術部って話したら今日もクラスの奴に笑われたし』

『笑われた?どうして?見た目と美術は関係ないと思うけど』

『そうだよな!関係ねぇーよな!!ならいいんだ』


 桃山は首をかしげる小波に内心驚かされた。ピアスの穴がふさがりかけていて、適当にピアスを付けてきたら生活指導の教師に怒られた。それをたまたま通りかかった小波に見られた。だから今日はもう小波は呼びに来てくれないと桃山は勝手に思っていた。

 その日二人で美術室のドアを叩いた。




「じゃ明日は?」


 クラスメイトが予定を確認しもう一度桃山を誘った。夏休みにブリーチした髪がバサバサに痛んでいる。祖母に怒られ無理矢理に黒染めをされたせいもあり髪質は絶不調だった。


「明日は・・・無理」

「なんだよ部活?」

「いや。部活ではない」

「じゃなんだよ。あっこっそりバイト始めたとか?」

「違う」

「はぁー?付き合いわりーぞ」

「彼女できた」

「は?」

「彼女できたから明日は一緒に遊ぶんだよ。ンじゃな」


 桃山はチャックを半分締めたカバンを背負うとそのまま教室から出て行く。教室の中が急に騒がしくなった。にやついた口元を手で隠しながら足取りを軽くなったのを感じた。


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