第5章 エヴィヘットの魔法【1】

 宮廷騎士たちの士気は高い。こうしてエヴィヘットが眺めていると、一時も休むことなく剣を振るう。時折、グラディウスが休憩の指示を出していた。そうでもしなければ、おそらくエヴィヘットが居るあいだは手を止めることがないのだろう。騎士たちにとって、亡霊王がそれだけ大きな存在なのだ。

「ねえ、グラディウス。僕は騎士だけど、魔法は使えるの?」

 期待を込め、エヴィヘットは問いかけた。魔法の存在しない世界で生きていた者にとって、魔法を使うことは最上級の憧れだろう。子どもの頃に練習をした者も少なくないはずだ。

「使えますよ。陛下との契約で魔力回路も開放されているはずですし」

 エヴィヘットは心の中で拳を握り締めていた。とは言え、現状ではどうすれば魔法を使えるのかを知らない。

「やっぱり練習が必要なのかな」

「それでしたら、私がお相手いたします」ケルレウスが微笑む。「竜族は、人型のときは魔法を主力とします。耐性も多く持っているのですよ」

「そうなんだ。頼もしいな」

「では宮廷魔法使いの訓練場に行きましょう」

 エヴィヘットの胸中を読み取ったように微笑みながら、グラディウスは“報せ鳥”を飛ばす。思念を魔力に込めて飛ばす伝達魔法だ。宮廷魔法使いの訓練場にエヴィヘットが行くことを伝えるのだろう。

「宮廷魔法使いの訓練場に行くのは初めてだね」

「きっと皆、殿下を歓迎しますよ」

「これからは、宮廷魔法使いも気を抜けなくなりますね」

 のほほんとケルレウスが言うので、エヴィヘットは苦笑した。自分が赴くだけで訓練場が気を抜けなくなる。自分がそれだけ身分が高く、影響力が強い者であることは自覚しているが、あまり出向かないほうがいいのだろうか、とそんなことを考えた。

 宮廷魔法使いの訓練場は、騎士隊の訓練場と廊下を挟んだ先にある。グラディウスの案内で向かっている途中、声をかける者があった。

「エヴィヘット殿下、ごきげんよう」

 恭しく辞儀をするのはヴォラトゥスだった。手には書類の束があり、仕事の合間であるらしい。

「どうなさっておいでかと思いお伺いしました」

「これから宮廷魔法使いの訓練場に行くところだよ。魔法の練習をするんだ」

「それでしたら、私もお供いたします。何かご助力できることもあるかもしれません」

「うん。ありがとう」

 エヴィヘットがただ歩いているだけで、行き交う使用人たちは次々に立ち止まって辞儀をする。前世ではただの男子高校生であったエヴィヘットは、なんとも居心地の悪い気分であった。

「あの三人はどうしてる?」

 エヴィヘットは勇者を名乗っていた三人を思い浮かべる。エヴィヘットとの従属契約後、牢屋生活からは解放されているはずだ。

「いまは部屋に籠っているようです」ヴォラトゥスが言う。「必要なときにしか出て来ません」

「いまはそのほうがいい」エヴィヘットは言う。「勇者を恨む魔族はたくさんいるはずだ」

 あの道楽のような実験に巻き込まれなければ、エヴィヘットはあの三人とは無関係でいられた。あの三人は異世界転移に成功していた。それだけで済ませていれば、エヴィヘットを実験に使わなければ、彼らは勇者として栄誉ある立場にいたことだろう。それでも、魔王に次ぐ実力である亡霊王に負けているところを見るに、魔王のもとへ辿り着けていたとしても、勝利を収めることはできなかっただろう。彼らにはどの道、栄誉とは程遠い場所に着地していたのかもしれない。

「健全な暮らしは確保する。でも、許してはいない」

「それでよろしいかと」と、ケルレウス。「彼らが魔族に許されるときは終生、来ないでしょう」

 いま思えば、哀れにも感じられる。彼らは無邪気に、物語のような勇者に憧れた。どうやって異世界転移の方法を見つけたのかをエヴィヘットは知らないが、異世界転移の付属品ギフトであるチート能力で栄誉が手に入れられると、ただ夢を見ただけなのだ。

「ねえ、ヴォラトゥス」

「はい」

「僕は異世界から来て亡霊王に宿ったけど、もし僕の魂がここに来なかったら、亡霊王が目覚めることはなかったのかな」

「その可能性はあるでしょう。ですから、殿下の魂の転移は、我々魔族にとっては僥倖だったと言えます」

「…………」

 物語であれば、勇者は魔王を討伐し、人間たちの英雄として崇められていただろう。エヴィヘットを巻き込んだのが、彼らの運の尽きだったのかもしれない。

「同情しておいでですか?」

 ケルレウスが穏やかに問いかけるので、エヴィヘットは俯いた。その必要がないことはわかっているが、心の隅に整理しきれない気持ちがあった。

「殿下はお優しくていらっしゃいます。私たちには、殿下のお気持ちを否定するつもりはありません」

「うん……」

 エヴィヘットは、自分は恵まれていると理解している。道楽のような実験に巻き込まれて命を落としたが、こうして新しい人生で、他人から頭を下げられるような身分に収まった。それも、たまたまこの魂が亡霊王に宿ったというだけのこと。少しでも運命の歯車がずれていれば、エヴィヘットも牢屋暮らしになっていた可能性があるのだ。



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亡霊王の目覚め~転生したら最強の騎士だったので勇者パーティを全滅させてみた結果、魔王に溺愛されるようになりました~ 瀬那つくてん(加賀谷イコ) @icokagaya

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