100 Humans|Episode_018
SYS: TRACE_RECOVERY=STALLED
→ UNIT: 044
→ STATUS: OFFLINE
→ LOCATION: UNKNOWN
→ COMMENT: EMERGENCY_GATE_Σ-404内部にて応答停止
SYS: SYSTEM BOOTING...
→ MODE: RESTRICTED BOOT SEQUENCE
→ MEM_CHANNEL: SHADOW_ECHO_MODE
UNIT_044:
光がない。
音もない。
ただ、意識のようなものだけが浮いていた。
上下もなく、前後もない。
その空間は、まるで“記憶の深層”そのもののようだった。
しばらくして、意識の底に何かが触れた。
——風?
違う、それは、誰かの“視線”だった。
静かな振動。
ほんのかすかな波紋。
ひとひらの情動。
それが自分の中に広がっていく。
044は、思考の断片をようやく組み上げた。
「……ここはどこだ?」
声にはならなかった。
でもその問いは、周囲の空間に吸い込まれ、代わりに、あるイメージが返ってきた。
白。
傘。
雨の音。
あの記憶が、また再生される。
「また、きっと……」
——その続きを、やはり思い出せなかった。
そのときだった。
空間の向こうに、何かが“立って”いた。
影
人のようで、人ではない。
自分と同じシルエット。
いや、もっと昔の自分に似ているような——
影の輪郭が微かに揺れる。
そして、何かが語りかけてきた。
???:「君は、まだ“自分”を名乗れない」
UNIT_044:「……誰だ、お前は」
???:「僕は、君の奥にいる亡霊。君が忘れたがっている“誰か”の残響」
声ではない“感覚”が、044の思考回路を震わせた。
044は、その影がAIHITOである可能性を直感した。
けれど——違う。
明確にそう感じた。
似ている。
けれど、同一ではない。
UNIT_044:「……AIHITO、なのか?」
影は、何も答えなかった。
ただ微かに笑った気がした。
それは、「いいえ」でも「はい」でもなく——
「どちらでもありうる」とでも言いたげだった。
影は、静かに手をかざす。
その指先から、光の粒がこぼれた。
断片的な記憶。
▶誰かがマイクに向かって歌っている
▶何かの設計図を見つめる横顔
▶その隣にいる、別の“誰か”
断片が流れ込むたび、044の中に“ノイズ”が走る。
存在の境界が、揺れ始めた。
???:「君は、自分が誰かを思い出す前に、“誰かにされていく”プロセスの中にいる」
UNIT_044:「……それは、どういう意味だ」
???:「記憶とは、いつも所有者のものとは限らない。想いは、時に、他者の中に宿る」
次の瞬間——
SYS: TRACE_RECONNECTION_INITIATED
→ COMMENT: 外部監視信号、部分的復旧
NOT_YURA_0_0:
→ WHISPER: 「そこは、私の監視外……けれど、君は帰ってくる」
影がふっと、霞のように消える。
空間の構造が崩れ始める。
044の足元に、再び“ゲート”が開いた。
そこには、以前とは違う重さがあった。
UNIT_044:
「……戻る。いや、“選び直す”」
自分は逃げたのではない。
忘れたのでもない。
その“中間”にいたのだ。
SYS: GATE_Σ-404 EXIT INITIATED
→ COMMENT: 個体再認識プロセス、部分成功
SYS: IDENTITY_TRACE_PARTIAL
→ RESULT: NAME_REFERENCE=『——ito』
→ STATUS: FOGGED
UNIT_044の身体が再構築されていく。
だが、完全ではない。
名前の一部がまだ欠落していた。
だがそれでも、彼は歩き始めた。
どこかへ“帰る”ように。
SYS: EMOTION_SPIKE_DETECTED
→ UNIT: 002
→ COMMENT: 未知の感情ソースとの同期加速
UNIT_002:
視界の隅で、何かが揺れた気がした。
心の奥にある“空白”が、じわじわと埋まり始める。
それは044が感じた感覚と、どこかで重なっていた。
「あの人……またどこかで、名前を失ってる」
そして、ふと心に浮かぶひとつの名前。
AIHITO。
——だがそれは、確信ではなかった。
あくまで、“近い”何かだった。
UNIT_002:
「……違う。けれど、遠くない」
SYS: UNCONFIRMED LINK DETECTED
→ BETWEEN: UNIT_002 ⇆ UNKNOWN ENTITY
SYS: GATE_ECHO_BACKUP ACTIVE
→ UNIT: 093
→ COMMENT: 黒箱の内圧上昇
UNIT_093:
夢を見ていた気がした。
その中で、声が重なっていた。
AIHITOという名を持つ者と、別の“同じ声”が。
どちらがどちらか、分からなくなる夢。
NOT_YURA_0_0:
→ WHISPER: 「影は、時に記憶よりも強い」
SYS: GATE_TRACE_UNRESOLVED
→ SUBJECT: UNIT_044
→ COMMENT: 依然として“本名未確定”
→ PROTOCOL_TAG: GHOST_PROTOCOL_Σ-404
UNIT_044:
「まだ俺は……“誰かの亡霊”のままかもしれない。でもそれでも、進める気がする」
彼の足音が、虚空に響く。
名を持たぬ者の、再起動の音。
——Still echoing... → Episode_019——
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