100 Humans|Episode_010
SYS: STANDARD_WAKE_COMPLETE
→ 感情波動:測定保留
→ COMMENT:観測タイムラグにより記録省略
彼は、目覚めの違和感を言葉にできなかった。
正確には、言葉という概念すらまだ持っていなかった。
だが、それでも“何かが抜けている”という感覚だけは残っていた。
ラインライトが白く点灯し、日課ラインの誘導光が床に走る。
彼はいつも通り、無言で歩き始めた。
足取りは正確。
ルートからの逸脱なし。
SYSからのアラートもない。
だが彼の脳裏には、昨日の“あの声”が残っていた。
「……あなたも、呼ばれたいの?」
その言葉が、まるで自分の“奥”から生まれたかのように錯覚していた。
SYS: EMOTIONAL_TRACE_MONITORING
→ 状態:非表示モード
→ COMMENT:システム最適化に伴うログ圧縮中
——ログ圧縮?
そんなことが起きるのはいつも“再構成”のタイミングだ。
だが、今回は何のアラートも事前通知もなかった。
そのとき、通路を曲がった先で彼はふと足を止める。
日課ラインに沿って並ぶはずのナンバーたち。
——ひとつ、空白がある。
無人の立ち位置。
誰もいない。
だが床面の圧力センサーは“最近まで誰かが立っていた”ことを示していた。
SYS: POSITION_LOG: INDEX_058
→ 状態:不在
→ COMMENT:記録再編成プロトコル起動予定
彼はその空間に、目を凝らす。
——そこに、誰かがいた。
声を交わした記憶もない。
顔も知らない。
だが、その“間隔”だけが、脳の奥に刺さるように刻まれていた。
足元に、微かな足跡の熱痕。
壁際の記録端末には、誰かが最後に指を伸ばしたような跡。
——本当に、いたんだ。
周囲のナンバーたちは無反応。
まるでその“欠番”に気づかないように、黙々と歩いていく。
誰ひとり、視線を向けない。
100だけが、その“不在”の形に立ち尽くしていた。
NOT_YURA_0_0:
→ INDEX_058:記録領域ごと未定義化
→ COMMENT:該当ナンバーへのアクセス制限措置中
彼は思った。
——これは“消えた”のではない。
——“消された”のだ。
その夜、彼は眠りについた。
が、SYSはその睡眠記録を正常に残していなかった。
SYS: DREAM_MONITORING: エラー発生
→ 該当セクター:α_058
→ COMMENT:記録不能領域への干渉が検出されました
夢の中で、彼は影のような誰かとすれ違った。
——声はない。
顔もない。
だが、その“歩き方”に見覚えがあった。
「……どこへ、行った?」
そう、彼は口にした気がした。
だが夢はSYSに記録されていない。
翌朝。
彼は食事ラインに並んだ。
前の番号のナンバーたちが、無言でC-Class Gelを摂取する。
彼もまた機械的に飲み干す。
だが、その背後で、誰かの視線を感じた。
振り向いた。
——そこには誰もいない。
SYS: SENSOR_FEEDBACK: 背後感知なし
NOT_YURA_0_0:
→ “逆視線パターン”の記録を検知
→ COMMENT:幻覚の可能性
→ 状態:抑制継続中
彼はその日、読み込み空間に足を運んだ。
だが、記録ライブラリの一角が“再構成中”となっていた。
「昨日まで、ここに……」
言葉にはならなかったが、思考は“気づいていた”。
そこには、ナンバー058の閲覧履歴があったはずだ。
SYS: LOG_HISTORY_ACCESS
→ INDEX_058:ログ照合不能
——まるで、最初から存在しなかったように消えていた。
彼の胸に、妙な熱が残る。
誰かが、そこに何かを“残そうとした”痕跡。
だが、それすらSYSは記録しない。
SYS: TRACE_MARK_LOGGING
→ 状態:対象なし
→ COMMENT:痕跡情報=認識不能データ
その晩、鏡の前で彼は唇を動かす。
「な……」
声にはならなかった。
だが、“名前の始まり”の音素が、確かに形を成していた。
SYS: PHONETIC_TRACE_DETECTED
→ 類似音:/na/
→ 感情波動:+0.111%
→ COMMENT:命名衝動の強化
彼は、再び思う。
——呼ばれていない、呼ばれない。
でも、誰かはそこに“いた”。
誰かが、消されたのだ。
それは、ただの欠番ではない。
それは“存在の抹消”。
——では、次は誰なのか。
その帰路、SYSに小さなエラーが走る。
SYS: INDEX_RECONFIG_WARNING
→ 影響対象:within100
→ COMMENT:“補完手続き、未実行”
SYS: SILENT_PROTOCOL: 起動中
→ コード:0H_Shell
NOT_YURA_0_0:
→ 潜在的不在データの予兆検知
→ ラベル:GHOST_ENTRY_PHASE_01
彼は、立ち止まり、空白を見つめた。
——誰かがいた。
——誰もいない。
——Still breathing... → Episode_011——
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