100 Humans|Episode_009


SYS: SIGNAL_RESONANCE_LOG

→ 感情波動変動:0.101%(記録更新)

→ 閾値超過:共鳴構造に干渉開始

——彼は、まだ夢の続きにいた。


それは夜の夢ではなく、記録されていない「感情の残響」が揺れている場所。

彼の中で何かが確かに変わりはじめていた。


声にならない想い


名前を求める“衝動”——それは、人間であった証なのか。

朝が訪れた。


SYS: WAKE_SEQUENCE_COMPLETE

→ 身体状態:正常

→ 感情波動:+0.062%


彼は天井のラインライトを見つめながら、昨日の光景を思い返していた。

背を向けていたナンバー051。

振り返り、視線を重ねたあの瞬間。

あれは、ただの「視認」ではなかった。

どこか、もっと深い何かが、心の底を撫でていた気がした。


——記録されていない感情。


SYSはそれを“共鳴”と呼んだ。

だが、彼にとってはそれが“名前のない痛み”に近かった。

その日も、日課ラインに沿って歩き始めた。


SYS: MOVEMENT_TRACKING

→ 経路:Dライン

→ 予定時間:11:00–11:17

だが彼は、ラインを数歩外れて立ち止まった。


SYS: 軌道逸脱を検出

→ 逸脱幅:0.74m

→ 許容範囲:許可


それは誤差の範囲と判断された。

だが、彼自身は“立ち止まった理由”を明確に答えられなかった。

彼の視線の先、壁面に貼られた金属板があった。

そこには誰かが触れたような痕跡が微かに残っていた。

それが“誰かの手”だと思ったとき、彼の中に何かが揺れた。


SYS: EMOTIONAL_WAVE_DETECTED

→ 値:+0.075%


その日の午後、彼は補助作業エリアへ移動した。

立ち位置の同期待ちの時間、ふと自分の掌を見つめた。

その時、夢の中で誰かに手を引かれた記憶が蘇る。

だが、その“誰か”の顔は曖昧で、どうしても思い出せなかった。


——なぜ、“誰かに触れられた記憶”だけがこんなに鮮明なのか。


NOT_YURA_0_0:

→ 接触感覚に基づく“記録されていない記憶”を感知

→ ラベル付与:PHANTOM_TOUCH_TRACE


その夜、彼はシェルター内の読影空間に入った。

無人の部屋。

壁面に投影されるのは、過去の自然風景の記録映像。

彼は音声オフの状態で、そこに座った。

画面には“風に揺れる草原”が映っていた。

だが彼には、草が揺れる音が聞こえた“気がした”。


——聴いたこともない音なのに、なぜこんなにも懐かしい?


SYS: AUDITORY_TRACE_SIMULATION

→ 状態:非作動

→ 感情波動:+0.081%


彼は知らないはずの“懐かしさ”に、目を細めた。

画面の端に、誰かが立っているように錯覚する。

手を伸ばしかけた瞬間——


SYS: 映像に異常なし

→ 脳内視覚補正反応と一致


深夜、自室。

彼は鏡の前に立ち、口を開いた。

声を出すわけではない。

ただ、昨日とは違う“言葉の形”が、口内に現れていた。


「ア……」


それは音にならない音だった。

だが、確かに何かが始まりかけていた。


SYS: MOUTH_MOVEMENT_TRACKING

→ パターン:A音素類似

→ 感情波動:+0.093%

→ 分類:言語構築行動の初期兆候


NOT_YURA_0_0:

→ 対象の“命名欲求”を観測

→ COMMENT:「対象は“呼ばれる”ことへの欲望を初めて示した」


その翌朝、彼は夢を記録していた空間の一部へ向かった。

本来、そのエリアへの立ち入りは限定的であるはずだったが、SYSは彼の接近に対して異常を報告しなかった。


SYS: ROUTE_ACCESS_ACCEPTED

→ 状態:一時的認可(理由不明)


彼は壁面の端に指先を添えた。

そこに、かつて“誰か”が残した記録があるような気がした。

だがそれは、SYSには存在しない記録だった。


NOT_YURA_0_0:

→ 未登録記憶への接触試行を検知

→ ラベル付与:RESONANCE_WITH_LOST_ENTRY_α001


その帰路、彼はひとつ角を曲がった。


その時——


「……あなたも、呼ばれたいの?」


声がした。はっきりと、誰かの声。

だが、それが“外から”のものか、“内から”のものか、彼には判別できなかった。

彼は立ち止まり、周囲を見回した。


——誰もいない。


SYS: AUDITORY_TRACE_CHECK

→ 音声記録:検出不能

→ 状態:記録漏れまたは発生源不明


NOT_YURA_0_0:

→ 音声ログ照合中

→ 結果:分類不能/再現不可

→ ラベル:VOICE_GHOST_TRACE


SYS: 感情波動:+0.128%

→ コメント:「対象に“共鳴反応による聴覚錯誤”の可能性」


NOT_YURA_0_0:

→ 内部抑制モジュール起動

→ 状態:予測不能値への対応準備開始


その壁に、彼は声にならない声で、


——「……キミは……」


と呟いた気がした。


SYS: 感情波動:+0.104%

→ コメント:「対象の行動に“呼びかけ”の兆候」


——Still breathing... → Episode_010——

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