第4話 試しの場
「脅しですか」
吐き捨てる口調になりそうなところ寸前で思いとどまり、冷静さに努めるヒヤク。
それに、アマカズラの魂胆が知れたのは、ある意味ほっとする。何を恐れ、何を恐れずにいてよいのかが明確になると、対処のしようもあろう。
「そちらがそう出るのであれば、私も黙ってはいません。あの商人、カマゴエの一件を蒸し返しましょうか」
「なるほどね。あれは僕の父に知らされないまま、独断で進められたからねえ。今さら事を荒立てられてはちょいとばかり面倒……。仕方ない、別の形で手を打つとしよう。これまでにヒヤク女王が解き明かされた事件や問題の内、特に難しかったもの三つに関して詳しく教えてくれないかな」
「私の扱った案件なんて、たいしたものはないに等しい。大きな成果を残しているのは、父シュウだ。だいたい、それを知ったところで何になる? そちらの申し入れを蹴って、はいおしまいとなるのか?」
「――いえ。これまでのあなたの一族のやり口を勉強して、絶対に解けないであろう難問をこしらえるつもりだよ」
「な……」
呆れて二の句が継げない。
「やるなら、できるだけ衝撃的なものがよい。となるとやはり人死にが出る事件がよろしいかと。あなたが今ここで申し入れを蹴ったとしても、ヤマンタイラ内で事件が起きれば、解かねばならないよね?」
「やめろ! そんな理由で人を殺める気か?」
「そこまで怒らなくても。犠牲になるのはヤマンタイラの人とは限らないし」
「――分かった。受ける。最初の申し入れを受けるぞ、テントウタンの王子。人の死なぬ出題に限るがな」
「へえ? そんなに民想いとは僕の考えも及ばなかったな」
「否か応か、返事をしろ」
「もちろん応だ。期日はどうする? 何ヶ月も先というのは、なしで」
問われたヒヤクはいつがよいかを考え始めた。が、このままではアマカズラの醸す
「解答するまでの猶予にひと月くれるのであれば、今すぐ始めてもよいぞ、ああ?」
「……これは一本取られたかな。参ったね。では、こうしよう。開催は半月後。答えるまでの猶予にも半月を与える。ただし一つ忠告しておくと、応えるまでに時間が掛かれば掛かるほど、あなたの評判は下がると思うけどね」
「それくらいはとうに承知。私の答がそちらの判断で聡いものでなかったとしたら、どうなる? 期限の間は何度でも答えられるのか」
「ううーん、まあそれで構わないけど、あなたはそれでほんとにいいのかい? 神のごとき解決ぶりを民から求められている女王様が、何度も何度も解答するなんて、がっかりというか興ざめというか」
「……そうかもしれない。だが、何しろ初めての試み故、下手を打ちたくない。期限内に、最終的に真相を射抜いたのなら認めてもらう。
あとは一番大事な点を確かめておこう。私が負けたときはどうなる? 民からの信頼が地に落ち、自然にヤマンタイラが分裂するのを眺めている、というタマではないだろう、そなたは」
「条件を付けていいのかい? だったら」
斜め上に視線をやり、しばらく考える態度を取るアマカズラ王子は唇を舌先で湿らせた。
ヒヤクはこのとき、相手が「民の動揺を押さえ込む名目で兵を置き、いずれはテントウタンにヤマンタイラを組み入れる」とでも言い出すものと予想していた。
ところが、アマカズラ王子の口から出た条件は、ちょっと、いやだいぶ違っていた。
「そうだね、前に蹴られたあれを再度お願いしようかな。僕アマカズラとヒヤク女王の婚姻契約だ」
「……はあ」
怪訝に感じたものの、予想よりはましな条件――要求だったので、ほっとする部分もあった。それにしても、だ。
(何こいつ……。断ったのがそんなに誇りを傷つけたのかしら?)
半月後、アマカズラ王子の一行が再びヤマンタイラを訪れた。初めて現れたときに比べると仰々しさは薄れた反面、今回は護衛の数が二十と大幅に増えたようだ。予め決め事をして出題する側と解答する側という形ではあるが、勝ち負けを争うには違いない。一種の戦なのだ。万が一の不規則事態に備えるのは当然と言えよう。
長距離移動の疲れを取るべく丸一日の休みを挟み、二日目の昼、いよいよ勝負の幕開けとなった。一番大きな集落のほぼ中央にある広場、そこに縄を張って四角く仕切った戦いの場が設けられた。内側に入れるのは双方三名ずつ。うち一人はそれぞれヒヤクとアマカズラである。椅子も三つ用意されているが、身分に応じて装飾や高さ、大きさに差が付けてあった。
縄の外からは、大人数が見守っている。アマカズラの護衛や従者らはもちろん、ヒヤク側の護衛もいるし、さらに遠巻きには一般の民らも大勢集まっていた。
「前置きは抜きにして、始めるとしましょうか。ヒヤク女王、前においでに」
さすがに人目を気にしてか、全会の二人だけの対談時に比べれば随分と丁寧な言い回しをするアマカズラ。対するヒヤクは椅子に深く腰掛けたまま、姿勢を崩さずに言う。
「ここで充分聞こえる。そなたではなくそなた自慢の従者が設問を述べるのであろう?」
「分かりました。では。――おい」
笑みを浮かべながら、ややぞんざいな口調に転じ、アマカズラ王子は立席していた男の一人に声を掛けた。
男は胸の前で手を重ね、王子に対し臣下の礼を示すと軽く頷き、数歩進み出る。ヒヤクにとって初めて見る顔であった。かなり若い。恐らくヒヤクやアマカズラよりも五つばかり下であろう。
「ヒヤク様、お目にかかる栄誉に預かり、厚く御礼申し上げます。自分はテントウタンの出来事どもを聞き、伝える者にございます。名はございませんでしたが、この度の同行に伴い、オクの名をテントウタン王からいただきました」
この時代、系統立った文字は存在しない等しく、また使いこなせる者もごく少数に限られていた。故に文字を使える者は貴重な人材であり、おいそれと国の外に出すわけにはいかない。代わりを果たすのが、オクのような記録係ならぬ記憶係を務める者達であった。重要な役割の一つには違いないが、記憶力に衰えが生じればお払い箱の、言わば使い捨ての存在でもあったため、名前を持たぬことも珍しくはない。
「うむ」
ヒヤクは頷きつつ、その若者を素早く観察した。そして当て推量を口にする。
「オクよ。他ならぬその方のような者が問題を出すとは、もしや、テントウタン国の昔の出来事に関する話なのかな?」
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