第3話 王子からの提案
不意に饒舌に戻るカマゴエ。憑き物が落ちたみたいだ。
「申し訳ありませぬ! 確かに仰る通りのような目に遭いました、私。知識がなく、あれがこぶ柳とは存じませんでした。その上、転んだ際に頭をしこたま打ち据えたせいか、記憶が混乱して、定かでありません。ひょっとしたら昏倒して、しばらく夢でも見ていたのかもしれず」
「ほう、夢とな。どのような?」
「それは……何者か知らぬ集団に襲われる夢でございます。夢から醒めても分からず、夢が本当に起こった出来事だと思い込んでしまっていました。ですから、その……私がこの度訴え出た件は、すべて私の誤りでございます、どうかどうか、何卒お許しくださいませ!」
「そうか、夢か。この世の出来事と間違うくらいの夢を見たというのであれば、やむを得まい。誤りは誰にでも起こり得る」
ヒヤクは数度、小刻みに頷いてから、肩越しに振り返った。その視線の先にいる臣下数名に問う。
「皆の者、どうであろう? 私はこの者を許そうと思う。ヤマンタイラとテントウタン両国の平和の証として」
特にこれと言った異論は出なかった。
ほっと胸をなで下ろすカマゴエに、ヒヤクは改めて言った。
「正直なところ、ヤマンタイラにとどまられても身の安全は保証しかねる。此度の件で、その方を快く思わぬヤマンタイラの民がいるかもしれぬのでな。なるべく早く、出られるのがよかろう」
「は、はい。さようにいたしまする」
「ああ、でも私のところであれば安全かな。その方がよければ、お互いいがみ合う原因が取り除けたことを祝い、宴を催そう」
「い、いえ、謹んで辞退申し上げまする。あのうよろしければ、早々に退去したいと存じますが」
「そうか、仕方がないな。もちろんかまわぬ。が、あと少しだけ、聞くがよい。国に戻って機会があれば、テントウタンの王子辺りに言伝をしてくれんか。今後とも良好な関係を願うとの旨を」
「わ、分かりました。必ず」
なかなかない速さできびすを返すと、カマゴエは駆け足になり、躓きそうになりながらも検分の間を出て行った。
「山中、気を付けてな!」
余裕のあるところを示すために最後にそう言い放ったヒヤク。胸の内は、まだどきどきしていた。
(……あのときは、うまくやれたと自画自賛できたんだけれど、そのあとがあんまりよくなかった)
思い出すだけで、ちょっと気恥ずかしくなる。これなら父のあとを継いでやっていけると調子に乗っていた自分が情けない。
――証人をやり込め、平和裏に追い返してから約ひと月。テントウタンから正式な使者が来た。またしてもアマカズラである。
ヒヤクと同世代の若き王子は、女王へ直接申し入れをしてきた。
「以下は、我が父でテントウタンの現国王の言葉としてお聞きを」
「了解した。謹んで拝聴します」
「『ヤマンタイラの女王ヒヤクにおかれましては、ご機嫌麗しゅう。さて、前置きなし、かつ大変僭越な行為であると承知の上で、敢えて物申すことを許されよ。テントウタンの国を担う者として、ヒヤク女王が先代の王シュウに匹敵する能力の持ち主であることを確かめる必要ありと考えるに至った。テントウタンにとってヤマンタイラは、他の諸国からの侵攻を防ぐ盾に準えられる位置にある。そんなヤマンタイラの現在の統治者が先代と変わらぬ賢明なる者であると分かれば、我らテントウタンの者も安心して暮らせるというもの。女王のご意向をお聞かせ願う』」
そこまでアマカズラは一気に発声すると、一つ咳払いを入れ、物腰を砕けさせた。
「ということで、返事を聞きたいのだけれど」
いや、砕けた物言いにしても、限度がある。やけに馴れ馴れしい。
「先に言っておくと、この件、全権は僕に任されている」
話を聞きながらヒヤクはびっくりしていた。「『僕』だと? この前まで『私』を使っていたはずだが」と。
「返事をしたくとも、詳細を聞かぬ内は何とも言えない。いかなる方法で、私の能力を見極めようという?」
「簡単さ。この間、ヒヤク女王がうちの商人にやってくれたことには、素直に感心した」
反応を欲しがるかのように、アマカズラ王子はヒヤクを見やってきた。
ヒヤクは、感心したと言われたからといってありがとうと返すのも変だと思い、何も言わずにいた。
数瞬の静寂の後、アマカズラは肩をすくめ、それから股口を開いた。
「ああいう問題が何度起きても同じようにうまく切り抜けられるかどうか。それを見させて欲しい」
「と、言われてもだな。似たような問題が都合よく起きるはずもなし」
「もちろん、やり方は整える。公の場を設け、テントウタンの者が問題を提示する。これに対し、ヒヤク女王は賢明な答を返す。返答で我等を満足、いや納得させてもらいたいのですよ」
「……そちらの提案だが、とりあえず、満足とか納得とか、やや曖昧だなと思う。私が返した答が賢明であるか否かの判定を、誰がどのようにするのだろうか」
「基本的には僕がする。問題を用意し、出題もするのも僕だからね。公明正大に判定することをお天道様に誓うと約束しよう」
「……先日の一件を考えたのも?」
「いや、あれは違う。臣下の誰かが勝手にやった。僕がふられたことを慮っての行動だったようだけれど、要らぬお世話というものだったよ」
「ふられた、って……」
「あ、念のため断っておくと今回提案しているのは、純粋な謎解きだから。言い換えると、この前の一件のように、僕らテントウタンの体面を傷つけないように配慮する必要なんてこれっぽっちもないってこと。出題に対して、そのまま見事な答を返すことだけを目指してくれたらいい」
「……やり方は理解した、と思う。ただ、すぐに返事するのはやはり難しいな」
「答をもらうまで帰れないからね。ずっと待たせてもらうよ」
「っ~。では、例を示してくれないかな、アマカズラ王子」
「例。だって?」
「そう。戦でもないのに国がよその国の統治者を公に試すなんて、普通に考えたら失礼な話じゃない? それもいきなり来て受け入れろみたいな話を進められても、簡単に承諾なんてできるはずがない。せめて例題を出して。それを見て考えるわ」
「なるほどね。でもそれって意味あるかなあ? 例題を出して、ヒヤク女王が解こうとするのなら、もはや本題と一緒だと思える。必然的に、例題に対するあなたの答が賢明であるかどうか、僕は判断材料の一つにしちゃうよ?」
「それでしたらお引き取りを。私は私の能力をヤマンタイラのために使いたい」
話を切り上げる素振りを見せると、相手のアマカズラは両手を伸ばし、押しとどめる仕種で応じた。
「待った待った。そう焦らなくてもいいじゃない。うーん、どうなんだろうね。口ではどうとでも言えるけど、仮に僕が例題を出して、それについては考慮に入れないと約束したとしよう。でも結果は結果で、出るわけ。たとえ非公開であっても、何らかの形で外に漏れ伝わる可能性はあるよね? もしもヒヤク女王がテントウタンの出した問題を解けなかったなんてみんなに知られたら、評判はどうなるんだろうね」
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