二十七話 悲鳴の先

 

 結局、千依は三智鷹に編み上げブーツを買ってもらった。彼の「何かを贈りたい」という圧に抗えなかったので、一つだけ選ぶことにしたのだ。

 

 このブーツを選んだのは、外で妖と戦う時にこれを履いていれば、草履よりも動きやすそうだと思ったからだ。


 機能性で選ぶところも千依らしいと三智鷹に言われたが、女性向けのブーツなのでとても可愛らしい見た目をしているのも気に入った理由の一つだ。


 どうやら、女学生達の間ではこの編み上げブーツを履くのが流行っているようで、種類も色々あって、選ぶ時に少しだけ悩んでしまった程だ。


「えへへ……」


 ブーツが入っている箱を抱えながら、千依はにんまりと笑う。

 千依が三智鷹と結婚するまでは、藁を使って自分で編んだ草履を履いていたので、こういった履物は初めてなのだ。



 買い物を終えた千依達は百貨店を出た後、二人乗りの人力車に並んで乗っていた。


 最初は三智鷹の呪いの件があるので、一人一台の方がいいのではと彼は言っていたが、触れなければ問題ないので節約のためにも一緒に乗りたいと提案すれば、渋々ながら了承してくれた。


「千依さん、そのブーツを履くのはいいけれど、飛び蹴りとかしないようにね」

「し、しませんよ、そんなこと!」

「したことあるんだ……」


 千依は目を泳がせながら、視線を逸らす。

 どうして言葉に出していないのに、彼には分かるのだろうか。



 そんな時だった。

 びゅわっと風が土埃を上げながら通っていく。


 塵が目に入らないように目蓋を閉じた千依だったが、耳に入ってきたのは甲高い悲鳴だった。



「──きゃああっっ!!」



 まるで、身を引き裂かれたような若い女性の声が響く。

 はっとした千依はすぐに人力車を動かしてくれていた車夫に声をかけた。


「停まって下さいっ」


 車夫は慌てて、その場に停まってくれた。


 動きにくい着物を着ている千依だったが、踏み台を出してくれるのを待つのも惜しかったため、そのまま地面へとぴょんっと飛び降りた。


「全く、無茶するなぁ」


 背後でそう呟く三智鷹の言葉が聞こえたが、彼も先程の悲鳴の原因が気になるようで、すぐに車夫へとお代を握らせて人力車から降りた。



 二人は小走りで、悲鳴がした方へと向かう。


 千依達がいた大通りから一本、向こう側の道に辿り着けば、そこには女学生くらいの少女が座り込んでいた。


 その隣には彼女の友人だと思われる少女が青ざめた表情で、傍に付いていた。


「どうしましたかっ」


 千依が声をかければ、友人の方の少女がこちらを向き、くしゃりと表情を崩す。

 その表情には恐怖と、千依達が来たことへの僅かな安堵が混じっていた。


「怪我はありませんか?」

「か……かっ……」

「大丈夫です。落ち着いて下さい」

「か、風が……、髪……」


 震えた声で少女は言葉を紡ぎ、指で示す。


 彼女の指の先には、座り込んでいる少女がいる。

 だが、その光景を改めて目にした千依は思わず言葉を失ってしまった。


 座り込んでいる少女は呆然としており、その手にはひと房の髪が握られていた。


「っ……」


 最初は髪が短い少女なのだと思っていたが、すぐに違うと考えを改める。

 何故なら、彼女の髪先は鋭利な何かによって、斜めに切られていたからだ。


「わ、私の、髪が……」


 だが、少女が握っているひと房の髪と同じ長さのものはどこにも落ちていない。

 まるで誰かに奪い取られたように、その場には見当たらなかった。


「……相手の姿は見たかい?」


 穏やかな声音で三智鷹が少女達へと訊ねるも、二人はふるふると首を横に振る。

 千依は周囲に何かしらの痕跡がないかを確認するため、気配を探ってみる。


 ……駄目だ。何も、感じられない……。


 思わず、唇を小さく噛む。


 少女が何者かに襲われたその道は一軒家がずらりと並んでいるだけで、千依達以外には誰もいなかった。

  

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