五章 風の行方
二十八話 依頼の委託
「──また、髪が切られた事件があったそうですよ」
そう言って、千依と三智鷹にお茶が入った湯飲みを渡しながら織人が溜息を吐く。
庭の地面の上に転がっているのは、一門の若手たちだ。
今まで彼らと鍛錬を行っていた千依は汗ひとつ掻いていない。
数人で編んだ防護の陣を千依が攻撃して破る、という鍛錬をしていたのだが今のところ、誰も陣を維持できていなかった。
千依としてはもう少し粘って欲しかったところだが、彼らの霊力が尽きて、地面に伏してしまうことになったので休憩を取ることにしたのだ。
「この件ってこれで、四回目ですよね?」
顔を顰めながら、千依は縁側に座りつつ、渡された湯飲みへと口を付ける。
そして、お茶菓子として一緒に出された一口の大きさの饅頭をほいっと口の中へと放り込んだ。
饅頭の甘さを噛みしめながら、千依は織人から知らされた件について思案する。
先日、百貨店からの帰り道、千依と三智鷹は奇妙なことに遭遇した。
事情を当事者に訊ねたところ、道を歩いていた二人の少女のうちの一人が突然、何者かに髪を切られた挙句、持ち去られたという。
しかも、その犯人の姿は見えなかったと彼女達は言っていた。
三智鷹の手配によって少女達は家まで安全に送られたが、無理やり髪を切られた衝撃は中々癒えないようで、家から出られなくなっているという。
けれど、この件はこれで終わりではなかった。
その日以降、髪が長く、若い女性ばかりが集中して狙われている事件が起きるようになったのだ。
襲われた者は皆、口々に犯人の姿は分からないと答えているらしい。
また、彼女達の切られた髪は持ち去られていることから、かなり気味悪がられているようだ。
その事件のせいで夕方くらいになると誰もが襲われることを危惧して、家路を急ぐようになったという。
それゆえに普段ならば夕方以降も賑わっている大通りでさえ人が少なくなっており、あらゆる商売に影響が出ているらしい。
「世間では『
織人から新聞を受け取った三智鷹はそれを広げる。千依も隣からひょっこりと覗き込んだ。
新聞には大きな見出しで「夕闇に紛れ、髪を切る怪異!?」と書かれている。
「最初は変態的な趣味を持った愉快犯かと思っていましたが、見通しの良い場所で襲われた人でさえ、その犯人の姿を見ていないそうですからねぇ」
織人の言いたいことが分かった千依はその言葉を繋いだ。
「そうなると十中八九、妖の仕業でしょうね。……あの時、もっと早くに駆け付けられていれば、滅することができたかもしれないのに……」
ぼそりと後悔を呟けば、三智鷹は頷き返す。
「ただ、相手はこちらが思っているよりも逃げ足が速い奴みたいだから、並みの祓い屋では対処できないだろうね」
「出没する場所も毎回、同じではないですからね……」
「その手の妖を討つとなれば、追跡の術でひたすら追いかけるかもしくは──罠にはめるか、だね」
あてもなく闇雲に探すよりも、その方が効率は良いだろう。
ただ、祓い屋は基本的には「待ち」の仕事だ。
自分から営業をかけない限り、入ってくる依頼を待つことしか出来ない。
でなければ他の祓い屋が担当していた仕事を奪った、奪っていない、などの諍いが起きるからだ。
しかし、過去には自作自演によって仕事を得ようとする者もいたため、そのような事案を防ぐために「祓の会」の人間が事前調査を行ってから依頼を一門のどれかに委託することが多いという。
好き勝手に動くことが出来ずにもやもやしていると、何かの気配を感じ取り、千依は素早く頭上を見上げる。
どこからか、白い鳥がこちらへと向かってきていた。
だが先日、目撃した鳥とは違って大きさも小さめなので、別の個体のようだ。
「あれは……」
千依の呟きに気付いた三智鷹も空を見上げ、「ああ……」と納得するように頷く。
「どうやら、祓の会を通して、拝上一門に依頼が来たみたいだ」
白い鳥は三智鷹の手へと羽を休めるように舞い降りると、ぽんっと音を立ててから封筒の形へと姿を変えた。
「わっ、凄い」
「この前の会合で、式守さんと会っただろう。これはあの人が最も得意とする術だよ。式守さんは、『紙』ならば何でも自在に操れるんだ。人間にしか見えない人型の式を作って動かすことも出来るらしいよ」
「へぇ……。……あれ、でも三智鷹様も自分と同じ姿の幻影を作っていましたよね? それは動かせないんですか?」
千依は式や幻影を操る術を使えないので、ふと疑問に思ったことを訊ねれば、三智鷹からは苦笑が返ってくる。
「陣を編んで作った幻影はあくまでも、『映す』だけだからね。式みたいに自在には操れないんだ。……僕も式は扱えるけれど、さすがに専用の霊符じゃないと、生き物に近い精巧なものは作れないよ」
そうだったのか、と千依は首を縦に振り返す。
三智鷹は封筒から一枚の紙を取り出し、読み始めた。
千依が見てもいいものだったようで、彼は見えやすいようにと紙をこちらに向けてくれた。
それは「祓の会」から例の髪が何者かに切られる事件を解決せよ、という依頼が正式に拝上一門へと委託されたことが記されていた。
元々、祓の会に依頼してきたのは女学校だった。
どうやら、最初に被害にあった少女と四件目の被害者はこの女学校の生徒だったようだ。
この女学校は今、女学生達の安全のためにも休校になっているらしい。
……誰がいつ、襲われるか分からない以上、不安になるだろうな……。
千依はもう学校とは縁遠い生活を送っているが、それでも同じ年頃の少女達が目に見えない恐怖に対して、震えることしか出来ない姿に心が痛まないわけがなかった。
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