二十六話 本気の言葉

  

 思わず、背筋がぞわりとする程にあらゆるものが混じった目が千依を見ている。

 義母は薄っすらと笑いつつ、千依に向けて言葉を吐いた。


「お前はあの女の娘だもの。相手が誰であろうとも、きっと愛されない。お前の母親のように、愛されないまま、捨てられるの」

「……」


 突然吐かれた呪詛のような言葉に、千依の口からは何も出て来なくなる。

 実家に居た頃に散々吐かれ、聞き慣れているはずなのにそれでも心を蝕んでいく。


 亡き母が生きていた頃から義母はずっと千依とその母を疎み、恨んできた。

 千依達がいなければ、自分が父の最初で最後の妻になれたはずなのに、と。


 本来、彼女が恨むべき相手は結婚を決めた先代当主と、それに抗えなかった父であるはずだ。


 それでも義母はいつも千依達を恨みと妬みをぶつける対象として見ており、彼女が念願の「白小路家の嫁」として迎えられてもそれは変わらなかった。


 きっと、変わることはないのだろう。

 望みが叶っても、義母が抱いているものが晴れることは一生ないのだ。


 義母が千依へと追い打ちをかけるために再び、口を開こうとした時だった。



「言いたいことは、それだけかい?」



 義母の言葉に反論するように、三智鷹が声を発する。

 軽快なのに、それでも相手に否と言わせぬ圧が彼の言葉からは感じられた。


「おあいにくさま、こちとらちゃんと千依さんに情があるんでね」

「は──」


 三智鷹の視線が義母から千依へと向けられる。

 普段の飄々とした表情ではなく、そこには優しさと慈しみが浮かんだ顔があった。


 見たことのない彼の表情。

 そして、わずかに熱の宿った瞳が千依だけを映している。


「惚れているよ。惚れている上で、千依さんに傍にいて欲しいと思っている」

「──……」


 絶句したのは、誰だっただろうか。

 今、千依へと甘い言葉を囁いたのは誰だっただろうか。


 惚れている。

 誰が、誰を。


 初めて聞いた言葉に、千依は体の奥底から何と呼ぶべきか分からない熱が込み上げてくる。


 三智鷹はただ、静かに千依だけを見つめている。その場しのぎの言葉などではないと、視線が語っていた。


 やがて、三智鷹は義母へと視線を戻す。


 そこには剣呑とした冷たさが宿っていた。それは先日、祓い屋達の会合で歌川うたがわという男性と会った時に向けていたものと似ていた。


「だから、あなたの『望み』は叶わないよ。どれ程、恨んでも、呪っても、絶対にね」

「っ……」


 唇を強く噛みながら、義母が睨みつけてくる。

 それでも三智鷹は飄々とした様子で鼻を鳴らし、義母と義妹に背を向ける。


「……」


 千依は一度、視線を義母達へと向ける。


 自分へと向けられる感情は、白小路家に居た頃と何も変わらない。

 変われないのならば、これから先もお互いに向き合うことも、相容れることもないのだろう。


「……」


 二度と、会うことはない。

 それを示すように千依は何も言わずに踵を返し、三智鷹を追った。


 後ろからは何も聞こえない。

 義母達が千依を追ってくることはなかった。



 しばらく進んだ先で、三智鷹が歩みを緩める。


「……言っておくけれど」


 三智鷹が千依の方を見て来る。

 帽子の下から視線が降ってくるが、先程とは違って柔らかだった。


「さっきの言葉、本気にしてくれていいからね」

「え、さっきの……。……っ!」


 思い出した千依は、頬に新しい熱を宿す。


 聞き間違いでなければ、彼は先程、「惚れている」と言った。

 動揺していることを隠そうとしても、言葉に全部出てしまうのは仕方がないだろう。


「と、突然、過ぎます! だって、今まで……そんな素振り、一切なかったじゃないですかっ」


 千依が小声で訴えれば、上からくすくすと楽しげな笑い声が降ってきた。


「うん、そうだね。……まぁ、千依さんのことは割と最初から好ましく思っていたよ。誰が相手だろうと威勢が良くて、物怖じしなくて。あと食い意地が張っていて、可愛い」

「それ、褒めていますか!?」

「褒めてる、褒めてる。……何より君は、この僕に自分は『死なない』と言ってくれた。僕の傍にいれば、命の危険があると分かっていながら。……惚れる理由なんて、そんな簡単なものでいいんだよ」

「……」


 まるで隠すことを止めたように、柔らかな視線が三智鷹から向けられ、千依は言い難い何かを感じてしまう。


「だから、君も遠慮せずにちょっとくらいは僕に惚れてくれてもいいんだよ」

「は、はぁ!? お金で雇った嫁に何を言っているんですかっ」

「そりゃあ、千依さんの力は魅力的だよ? でも、君の力だけじゃなくて、心も欲しくなっちゃったんだ」


 千依の顔を覗き込みながら、三智鷹はにこりと笑う。

 それは初めて会った時とも、繕ったものとも違う、いたずらっ子のような笑みだった。


「っ、冗談を言わないで下さいっ! そういうのは、まずはやるべきことを達成してからでしょう!」


 千依がぷいっと顔を背ければ、三智鷹は特に気にすることなく、肩を小さく揺らしながら笑っていた。

 どうやら千依の反応は想定内だったらしい。


「うーん、まだ壁が高いなぁ。……──でも、もし君の心を持っていけるならば、多少なりとも安らぎを得られるかもしれないね」

「……? 今、何と?」

「何でもないよ」


 独り言だったのか、三智鷹は首を軽く横に振った。


「さて、さっきは白小路家の者に邪魔されてしまったからね。時間は有限だし、買い物の続きといこうか」

「だから、私は別にこれ以上のものは必要ないんですって……」


 千依は首を横に振って訴えるも、それでも楽しそうにしている三智鷹の勧めを全て断ることは出来なかった。

   

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る