二十五話 矜持

 

 割って入るようにやって来た三智鷹に驚いていた義母は、はっと我に返った後、彼を睨んできた。


「ぶ、無礼なっ……! 突然、誰です!? 名乗りなさい!」


 威厳も何もない問いかけに対し、三智鷹の方は余裕がある態度で返事をする。


「おっと、自己紹介がまだでしたね。……もう、千依さんには関係のない人達とはいえ、一応、挨拶はしておかないとね」


 三智鷹はどこか優雅に見える手付きで帽子を片手で取り、それから取り繕った声音で告げる。


「どうも初めまして。千依さんの夫の、拝上三智鷹と申します」

「おっ……!?」

「ええ、千依さんと結婚させていただきました。あ、でも、千依さんは白小路家から離籍されていたので、そちらの家とはもう何も関係ないですけどね」


 華族と平民だったならば、結婚する時に色んな枷があっただろう。

 しかし、籍を抜かれた今の千依はただの平民だ。念を押すように三智鷹は義母達へと告げる。


「ちょっとお待ちなさいっ! あなた、今、拝上と名乗りましたわね? ……確か、祓い屋の──」

「おや、ご存知でしたか。そうです、これでも一応、拝上一門の当主をやっております」


 すると、ようやく再起した華乃子が再び、千依へと蔑むような視線を向けてくる。


「まっ、祓い屋ですって? それって妖を退治する、野蛮なお仕事をしている方々でしょう? よく、そんな人と結婚出来たわね」


 くすくすと、華乃子は本調子に戻ったように笑い始める。

 義母も同意するように、鼻で笑っていた。


 千依の心臓はどくん、と大きく脈を打つ。

 先程、自分が嘲られた時とは違って、ふつふつとこみ上げてきたのは、怒りだった。


 今、義妹は「祓い屋」を嘲笑したのだ。


 守られている側でありながら、命をかけて戦ってくれている者たちを──三智鷹を、馬鹿にしたのだ。

 それは許しがたい行為だと感じられた。


「──なにが、おかしいの?」


 自分の口から発せられたとは思えないほどに感情が籠っていない声音。

 三智鷹の後ろにいた千依は彼の隣へと並び、華乃子を静かに睨んだ。


 千依がこうやって、義妹を睨んだことなど一度もなかった。

 それゆえに彼女は最初、びくりと肩を震わせたが、千依を下に見ている義妹はすぐにむっとした表情を浮かべ、反論してきた。


「なっ、う……だ、だって祓い屋なんて怪しい術を使う、野蛮で卑しい人達でしょう? 本当のことを言って、何が悪いの」

「それで、あなた達が守られているというのに?」


 厳しい口調で問いただせば、華乃子はぎゅっと表情を歪めた。

 千依は一歩、前へと出る。


 以前ならば、さらに面倒になると分かっていたので、義母や義妹に言い返すことなどなかった。嵐が去るのを待つように、我慢すれば良かったからだ。


 けれど、今は違う。

 彼女達とは違う世界で生きているからこそ、自分は知る機会を得たものがたくさんあった。


 それを貶すような人達を許すことなど、出来ない。


「私を馬鹿にするだけなら慣れているし、まだ我慢できる。でも、何も知らないくせに……私を貶めるためだけに、誰かを守ろうと命をかけている人達を嘲ることは、絶対に許さない。──恥を知りなさい」


 千依の言葉は、静まったその場に冷たく響く。

 華乃子だけでなく、義母も何故か、千依を恐れるような目で見ていた。


 きっと、今の自分は想像しているよりも冷めた表情をしているのだろう。

 誰もが言葉を発することを躊躇っている中、一つの声が降ってくる。


「──どうやら、白小路家は『祓い屋』が必要ないみたいだ」


 軽快な口調で呟いたのは、三智鷹だった。

 彼は一歩進み、千依の隣へと並び立つ。


「たとえ妖に襲われようとも、嫌悪する相手に助けを求めるのは、あなた方にとって耐えがたい屈辱なのだろうな。……よし、ではこの僕が『祓の会』に属する者達に伝えておくよ」


 千依が三智鷹を見上げれば、彼は義母達に向けて笑みを深めた。


「白小路家は今後一切、『祓い屋』の力を必要としないって、ね」

「っ……。そ、そこまではっ……!」


 華乃子も自分が先程、放った発言がどれほどのものだったのか、やっと分かったのだろう。

 次第に表情が青いものへと変わっていく。


「だって、さっきの言葉はそういう意味だったのだろう? ……まさか今更、先程の言葉を取り消して、この場で誠心誠意謝罪するようなこと、『華族』であるあなた方がして下さると?」


 念を押すように三智鷹は圧をかけている。義母は表情をぎゅっと歪めていた。

 自分の娘の発言とはいえ、すぐに撤回して謝罪するような殊勝なこと、無駄に矜持が高い彼女達には出来ないだろう。


「少なくとも、白小路家から拝上一門に依頼が来た場合には笑顔でお断りさせていただきますので、そのつもりで。……さ、話は終わったし、行こうか」


 三智鷹は帽子を被り直し、千依へと促してくる。


 元々、二度と会うつもりもなかったので、別れの挨拶も不要だと思い、踵を返そうとした時だった。



「──どうせ、捨てられるわよ」



 負け惜しみのように吐かれた声がその場に響く。

 とっさに立ち止まり、千依は振り返る。


 そこには憎しみのような、嘲りのような──もしくは憐みのような。

 色んな感情が混じり合った表情を浮かべた義母がいた。

 

  

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