二十四話 望まぬ再会

 

 デザートを食べ終えた千依は洋食屋から出た。

 会計をしてくるので先に外に出て待っていて欲しいと三智鷹に言われたため、まだ先程の出来事を気恥ずかしく思っていた千依はこれ幸いと、そうさせてもらうことにした。


 ちょうど店の外の壁に絵画が飾ってあったので、それを何気なく眺めている時だった。


「──えぇっ、苺のケーキ、もう売り切れなのぉ?」


 今、千依が昼食を食べた洋食屋の入り口から、耳をつんざくような甘ったるい声がその場に響いた。


「ならば、今から作りなさい。少しくらいなら、待ってあげるわ」

「申し訳ございません、お客様。こちらのケーキは一日に二十個限定でして……。今から作るのは、無理かと……」

「んまっ! 華族相手に、そんな態度を取っていいと思っているの?」

「いえ、そういうわけでは……」


 横暴なやりとりが聞こえてきて、千依は思わず視線を向けてしまう。


 申し訳なさそうに謝っている洋食屋の従業員に向けて、暴言を吐いていたのは、これでもかと着飾っている令嬢とその母親と思われる婦人だった。


 ……ん? ……んんん? この声、どこかで聞いたことが……。


 何より、従業員に突っかかっている二人の顔に見覚えがあった。

 それもそのはず。彼女達は──。


 「──あら?」


 令嬢が千依の視線に気付いたのか、こちらを見る。

 そして、驚いたように大きく目を見開いた後、嫌悪感を浮かべた表情のまま、隣にいる婦人の着物の袖を引いた。


「お母様っ、見て! あの人……!」

「どうしたの、華乃子かのこ……──なっ……!」


 娘に声をかけられた婦人の目が千依へと移り、それからくわっと開かれる。彼女達が驚くのも無理はない。

 数年前に離籍したはずの白小路家の前妻の娘が、ここにいるのだから。


「んっまぁ!」


 従業員に横暴な態度を取っていたのは、千依のかつての義母である富乃とみのとその娘である華乃子だった。


 相変わらず、派手なものが好みなのか、いかにも金持ちだと主張するような装いを二人ともしている。


 ……香水くっさ……! この人達、こんな状態で洋食屋に入ろうとしていたの!?


 距離が少し離れているというのに、ふわりと鼻を掠める強烈な香りに表情が歪みそうになる。


 きっと、香水まみれの状態で店に入れば、他の客にとって迷惑になるだろう。

 むしろ、ここで彼女達が帰った方が、店側としても助かるのではと密かに思った。


「千依じゃないの。あなた、家を追い出されたきりだもの。どこかで野垂れ死にしていると思っていたわ」

「……どうも、お久しぶりです」


 出来るならば、一生会いたくはなかった人達だ。

 この百貨店は平民だけでなく、華族も利用しているようなので、彼女達がいてもおかしくはないだろう。


 ……でも、まさかこんな場所で会うことになるなんて……。


 母が亡くなった後、父が外で囲っていた後妻たちが家に入ってからの日々が思い出され、嫌な気持ちが込み上げてくる。


「ねぇ、お母様。あの人、前は随分とみすぼらしかったのに、今はあんなに良いものを着ているわ」


 華乃子が口元を袖で隠しつつ、くすくすと笑っている。


 千依が白小路家に居た頃、みすぼらしい格好だったのは着るものを与えられなかったからだ。

 成長して丈が合わなくなっても、新しいものを買うことさえ許されず、学校に通っていた時は母が持っていたものを仕立て直して着ていたくらいだ。


 そう答えたいところだが、余計に面倒くさいことになりそうなのでぐっと耐えることにした。


 今はとにかく、三智鷹が出てくるのを待って、さっさとここから退散した方が得策だろう。


 ……それに、この人達を三智鷹様に会わせたくないし……。


 格下だと思った相手には、傲慢に当たり散らすような人達だ。

 そんな人間が千依の親族にいると知れば、三智鷹が嫌な思いをするかもしれない。


 しかし、義母と義妹だった人達からの嘲笑は止む気配がない。

 運が良かったのは、ここに千依の実の父親である白小路男爵がいなかったことだろう。


「いやぁねぇ、あんな品の欠片もない着物なんか着て」

「きっと、誰かに買ってもらったのね」


 実家に居た頃と同じように、嘲笑が降ってくる。

 周囲の客達からは煩わしがられるような視線を向けられているが、彼女達は気付いていないようだ。


「でも、まさかこうやって生きているとは思っていなかったわ。わたくし、絶対に死んだと思っていたもの」

「そうね。もしかすると家を出た後、どこかの家に愛人として買われたのかもしれないわ」

「ああ、それなら納得だわ。買われているなら、仕方がないわよね」


 華乃子が千依を上から下まで見た後、馬鹿にするように笑った。


「でなければ、あんなに質が良くても、品のない着物なんて、わたくしだったら恥ずかしくて絶対に着れないもの」

「男に媚びを売ることしか出来ないなんて、本当、母親にそっくりだわ──」


 耳障りな言葉が吐かれ、植え付けられた不快感が蘇ってくる。

 さんざん言われ慣れたこととはいえ、その言葉に苛立たないわけではない。


 ……けど、ここで誘いに乗ってしまえば、相手の思うつぼだし……。


 この場をどのように切り抜けるべきか、と考えていた時だ。


「──へぇ。あなた方は僕が千依さんのために選んだものが、品がなくて、恥ずかしいと?」


 冷たい声がその場を支配するように響く。

 千依だけでなく義母達もその声がした方へと振り向いた。


 そこにいたのは洋食屋から出てきた三智鷹だった。

 いつものように帽子を被り、彼はその隙間から鋭い眼光を覗かせている。


 顔が良いとはいえ、身長が高く、威圧感がある男から睨まれれば誰だって怯えるだろう。

 案の定、男性にあまり慣れていない華族の令嬢である義妹は喉の奥から、「ひぃっ」と短い声を上げていた。


「我ながら、千依さんの魅力を引き立てる良いものを選んだと思っていたんだが……残念だよ」


 三智鷹は千依の方へと歩いてくるが、それがとてもゆっくりに見えた。

 彼は冷めた声で言葉を続ける。


「それなら早く、この百貨店から出て行った方がいいんじゃないかな?」

「はっ──」


 義母の方は三智鷹の威圧に何とか耐えたようだが、その体は震えている。


「だって、千依さんが着ているものは全て、この店で揃えたものだからね。あなた方は今、大声でこの店とその利用客を罵倒したんだ。……僕だったら恥ずかしくて、二度と訪店できないね」


 そう言って、三智鷹はわざとらしく肩を竦めながら、千依を庇うように前へと立った。

 その背中はあまりにも頼もしく、そして誰よりも大きく見えた。


  

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